AIによる成功は「プロセス負債」の解消なしに実現しない
Illustration by Antti Kalevi
サマリー:AIをはじめとした新たなテクノロジーは、仕事に変革をもたらす存在だが、企業は技術インフラをアップデートするために積み重なる「技術的負債」に多くの時間やリソースを奪われている。さらに、運用の複雑化に伴って... もっと見る発生する「プロセス負債」に対処しなければ、AIなどの技術を用いても業務の効率化や価値創出にはつながらない。本稿では、ある消費財企業を例に挙げながら、AIの導入をきっかけに、付加価値を伴う包括的な方法でプロセス負債に対処する5つの手段を紹介する。 閉じる

技術的負債だけでなく、プロセス負債にも対処する

 かつて行われた多くのデジタル化の取り組みと同様に、AIは仕事の進め方を変革するだけでなく、不可能と思われていた仕事へのアクセスを後押しする大きな可能性を秘めている。

 緊急治療室の医師が、10時間のシフト中にマウスを平均4000回クリックするとしよう。この作業の一部を代替し、さらには知能を拡張して効率とスピードを高めることで、労力と時間、精神的エネルギーをほかの目的に使えるようになれば、どれほど有意義な成果につながるか想像してみてほしい。

 組織はAIの力を活用するために、数十ないし数百の取り組みをすでに始めている。実際、PwCが2023年に実施した新興テクノロジーに関するアンケート調査では、企業の54%は事業の一部に生成AIを導入していた。そしてPwCでは、AIのユースケースを3000以上特定している。

 PwCによる2024年6月の意識調査では、企業幹部の84%が、新たなテクノロジーから測定可能な価値を得るのは難しいと回答した。概して組織は、膨大な「技術的負債」──自社の技術インフラをアップグレードするために積み重なるすべての取り組みと、その結果生じる複雑さ──を是正しようと努める中で、多くの時間とリソースを取られる。

 筆者らは多岐にわたる業界で数百の企業とともに、フロントオフィス、ミドルオフィス、バックオフィスでのさまざまなプロセスを対象に、テクノロジーを活用した変革とデジタル・トランスフォーメーション(DX)に取り組んできた。その経験から言えば、単に技術的負債に対処しようと努めるだけでは、見当違いかつ不十分である場合が多い。

 往々にして議論されない「プロセス負債」に取り組まない限り、AIなどの技術や一連のデジタル化ツールが持つ膨大な潜在能力を思うように引き出すことはできない。筆者らが定義するプロセス負債とは、しばしば時代遅れで、機能的に孤立し、顧客と切り離された業務遂行方法である。

 一例として、フォーチュン50に属する某消費財企業では、複数の機能(人事、調達、サプライチェーン、財務など)と、事業部の業務(商務、営業、マーケティング、価格設定、プロモーションなど)において、報告と分析が手作業で行われていた。これらの事業部と機能全体で10万件以上の報告書が作成され、データの収集、分析と報告書の作成に時間の70%が費やされていた。

 エンドユーザーからのフォローアップによって、さらなるデータと分析が必要になることで、状況はさらに悪化した。報告書は、当然ながら善意に基づくいくつもの努力を通じて積み重なっていく。個々の努力は個々の業務上のニーズに応えようとするものだが、それが技術的負債を増やすだけでなく、プロセスの複雑さを著しく増大させた。