スターバックスは
なぜ苦境に陥ったのか

 ここ15年間は、小売業にとって最高だった。住宅の資産価値が高騰し、ローンも自由に組め、しかも金利は低いといった好条件のおかげで、個人消費支出は空前の成長を遂げた。小売業はこれに対応して、新店舗を積極的に増やし、新しいコンセプトを次々に打ち出した。またオンライン・サービスに進出し、海外事業を拡大させたのである。

 1996年から2006年にかけて、アメリカのGDP(国内総生産)の名目成長率は年5%を記録する一方、小売部門はその2倍を上回る12%という驚異的な成長を遂げた。売上高と利益共に急増し、株価も高騰した。

 それもいまや過去のことである。今回の金融危機と不況が始まる以前より、小売業はすでに壁にぶつかっていた。多くの小売チェーンが、既存店売上高で前期比2桁減となった。店舗の閉鎖が加速し、また新規出店のペースが鈍り、株価は大きく下落した。

 好況期の象徴的な存在といえるスターバックスがその典型である。2008年秋、創業以来、初めて対前年比で来店客数と売上高が下回った。これを受けて、同社は約600店舗を閉鎖し、新規出店計画を縮小することにした。その結果、株価は2007年秋から2008年夏までの間に、約60%も下落し、昨年秋からの景気低迷によって、さらに落ち込んだ。

 しかし、厳しい時期は、たとえそれが深刻な不況であっても、顧客ロイヤルティと生産性を向上させ、市場ポジションを強化するチャンスといえるだろう。

 本稿では、アメリカに本社を置く大手小売業50余社の調査結果に基づき、20年以上にわたるグローバル・コンサルティングの経験と研究の実績を生かして、小売業が現在の業績の低迷に対処し、さらに強力な企業へと脱皮を図るためにはどうすればよいかを解説する(囲み「小売業:不況期の5カ条」を参照)。

小売業:不況期の5カ条

 次の5カ条を守れば、小売業は、不況を乗り切り、さらなる発展が可能だろう。

(1)ヘッドルームのありかを見つける

 市場シェアを拡大する最大のチャンスは、自社のロイヤル・カスタマーではない顧客をターゲットにすることから生まれる。

 某ファッション小売業は、自社の店舗に来店しても、他店ほど金を使わない顧客が多いことを発見した。

(2)ニーズと現状のギャップを埋める

 事業を拡大するには、他店で金を使う人たちに自社の店舗で買い物をしてもらうようにしなければならない。つまり、単に売れ筋を多く仕入れるだけでなく、顧客が望むものと自社が供給するもののギャップを埋めることが欠かせない。

 ある高級百貨店チェーンは、通勤着のコストを下げたり、定番商品を拡充したり、新しいブランドを導入したり、デザイナーズ・ブランドを減らしたりすることで、ロイヤル・カスタマーではない顧客が自分たちのところで落とす金額を増やし、他店で使う金額を減らすことに成功した。その結果、衣料品の売上げはすぐさま改善し、その直後に記録的な利益を達成した。

(3)悪いコストを突き止める

 コストと顧客メリットの関係をきちんと把握していないと、コスト削減が危険を招くこともある。

 ドイツの某コンビニエンス・ストア・チェーンは業績の低迷に苦しんでいた。同社は、清潔な店舗づくりに過剰投資し、スタッフの接客教育への投資が不足していることを突き止めた。

 そこで経営陣は、店舗清掃費を20%削減し、こうして浮いた資金を利用して、新しい研修プログラムを開発し、交替制度と店内業務基準を変更した。その結果、ROC(資本利益率)が20%増加し、市場シェアも5ポイント上昇した。

(4)店舗をクラスターに分類する

 店舗間に見られる顧客ニーズと購買行動の類似点と相違点をチェックし、成長とコスト削減のチャンスを明らかにする。

 ある大手総合小売業は、測定可能な5つの要素が顧客ニーズと購買行動の地域差を最も的確に反映していることを発見した。これら5つの要素の組み合わせに応じて、店舗をセグメントテーションしたところ、成長とコスト削減のチャンスに、それまで見えなかった違いが見つかった。

(5)コア・プロセスを改善する

 不況期には、「顧客調査」「マーチャンダイジング計画」「業績管理」「戦略プランニング」という、小売業における基本プロセス全般において、可能な限り悪いコストを減らしながらスイッチャーを探し出し、そのような顧客にサービスを提供できるように努めなければならない。

 某大手小売業は、1店舗当たりのヘッドルームといった外部指標、売上高の対前年比や単位面積当たり平均売上高といった内部指標を併用し、6つの主要な変数に基づいて、店舗クラスターごとに業績管理を実施した。その結果、2008年夏から小売業全体で不況が深刻化してからも、同社は業績を伸ばすことに成功した。

 以下に紹介するアドバイスを参考にすれば、スターバックスのような企業は、成長と生産性向上のチャンスが想像以上に大きいことがわかるだろう。しかも、そのようなチャンスを生かすに当たり、ビジネスモデルを全面的に見直す必要もない。従来の運営方法を手直しするだけで十分なのだ。