-
Xでシェア
-
Facebookでシェア
-
LINEでシェア
-
LinkedInでシェア
-
記事をクリップ
-
記事を印刷
-
PDFをダウンロード
聖域なきコスト削減は間違いである
マーケターたちは、不況が訪れると、あたかも海図にない海域を漂っているような気持ちになる。なぜなら、同じ種類の不況であったことなど一度としてないからだ。
1970年代以降、さまざま企業の不況期のマーケティングについて、その成功例と失敗例をつぶさに研究したところ、消費者行動や戦略には特定のパターンがあり、これが業績を左右していることがわかった。したがって、消費パターンの変化について理解し、それに合わせて戦略を微調整する必要がある。
不況期にあっては、言うまでもなく、消費者たちは、本当に必要なものは何か、厳しく吟味するようになり、財布のひもを締める。企業も、売上げが下降し始めると、たいていコストを切り詰め、価格を引き下げ、新規投資を控える。広告宣伝から市場調査に至るまで、さまざまなマーケティング支出が削られることもしばしばである。しかし、このような聖域なきコスト削減は間違っている。
コストを抑えることは本来間違いではないが、ブランドをなおざりにしたり、重要顧客のニーズの変化を検証しなかったりすると、将来的には業績の悪化につながる。
顧客ニーズをくまなく調べ、またマーケティング予算に大なたを振るうのではなく、必要な部分にメスを入れ、戦略や戦術、製品を顧客ニーズの変化に素早く適応させる企業は、そうではない企業に比べて、不況期のみならず、その後の回復期においても繁栄する可能性が高い(囲み「マーケティング:不況期の3カ条」を参照)。
マーケティング:不況期の3カ条
不況期になると、消費者行動とマーケティング戦略に変化が見られ、これらが業績を左右する。不況期における消費者心理を理解し、それにふさわしいマーケティング活動と製品ポートフォリオに調整すれば、不況期とその後の景気回復期において好業績を上げられる可能性が高まる。
(1)不況期の消費者心理を理解する
不況期の情動反応に基づいて、顧客を次の4グループに分類する。
「急ブレーキを踏む」セグメント:不況の影響を最も被るため、あらゆる支出を切り詰める。
「痛みに耐える」セグメント:物によっては支出を絞る。
「かなり余裕のある」セグメント:目立たない程度に、これまでどおり高額品を購入する。
「その日暮らし」セグメント:消費行動はほとんど変わらない。
次に、これらの各セグメントについて、「必需品」「愛玩品」「先延ばし品」「消耗品」の4つのカテゴリーのうち、どのように買い物を配分するのかを調べる。
たとえば、急ブレーキを踏む消費者の場合、全般的に買い物を控え、食料品のような必需品については、より低価格の製品に切り替え、外食などの贅沢を減らす、ないしは禁止し、歯垢の除去といった支出は先延ばしし、旅行などの消耗品への支出を諦める。
(2)戦略的に投資する
最も先行きの暗いブランドはどれかを分析・特定し、切り捨てる。マーケティング投資を維持あるいは増加して、コア・ブランドの足下を固める一方、戦略的に他社ブランドを買収したり、慎重に新製品を投入したりする。また、効果測定しやすくROIの高い広告支出を増やすことで、広告宣伝予算のバランスを図る。
2001年の景気後退期に、J. M. スマッカーは、P&Gからピーナッツ・バターの〈ジフ〉と油製品の〈クリスコ〉を買い取った。これら2つのブランドは、P&Gにとっては規模が小さすぎ、主要カテゴリーにも属していなかったが、J. M. スマッカーズの戦略との相性は抜群だった。
P&Gはその間に、〈スイッファー・ウェットジェット〉(電池式使い捨てモップ)を発売して大成功を収め、新しい製品カテゴリーを生み出した。
(3)不況期には一貫してマーケティングに力を入れる
次の3つのやり方で、長期的なブランドの育成に投資しつつ、短期的な売上げを伸ばす。
・いくつかのブランドを間引くことで製品ポートフォリオの複雑さを排除する。たとえばモデルのささいな違いなどをなくす。
・手頃な価格を設定する。たとえば、ボリューム・ディスカウントの基準を引き下げる。
・信頼を高める。たとえば、顧客に特典を与え、ブランドとの感情的な絆を強化する。
信頼を築くために、低価格で栄養価の高い献立を紹介するチラシを用意しているスーパーマーケットがある。またアメリカンエキスプレスは、どの社会貢献活動を支援すべきか、カード会員たちに投票してもらうという方法を選んだ。
不況期の消費者心理を理解する
国全体がバブルに浮かれている時、ツボを押さえた広告や魅力的な商品だけが売上げ増をもたらしているわけではないことを、マーケターたちはつい忘れがちである。消費者の可処分所得が増え、彼ら彼女らが将来に自信を抱き、ビジネスや景気の先行きを楽観し、消費をよしとするライフスタイルや価値観が受け入れられて、初めて購買が高まる。
だれに聞いても、今回の不況は、大恐慌以来、最も深刻なものだと言う。不景気を報じるニュースがこれでもかと流され、自信を喪失し、購買力は低下し、消費者たちは消費行動を根本から変え、もしかするとこれがこの先ずっと続いていくかもしれない(図表1「不況期の勝ち組と負け組」を参照)。