現在の景気後退は一時的な落ち込みにすぎない

 1970年代後半、エリヤフ M. ゴールドラットは「工場の生産性は、ボトルネック工程の能力以上には向上しない」という現象を実証し、「制約条件の理論」(TOC:Theory of Constraints)を確立した。

 その後も「思考プロセス」(Thinking Processes)や「スループット会計」など、新たなコンセプトを編み出し、TOCを工場内の改善から、企業全体のパフォーマンスを最大化する経営革新手法へと発展させ、世界の名立たる企業を支援してきた。

 ゴールドラットは近年、ますます不確実性を増す経営環境への挑戦として、自身の経営革新手法を広めるため精力的に世界を飛び回り、フォーラムを開き、また企業各社を訪問して経営者や生産現場の人々と議論を重ねている。

 彼はそのなかで、今後の経済情勢を懸念するビジネス・リーダーたちに、「100年に一度の未曾有の危機」といわれる今回の景気後退は小規模な落ち込みにとどまり、安易な人員削減やコスト・ダウンといった縮み志向に走れば、これまでの優位を損ない、回復期にはライバルの後塵を拝することになるだろうと警告している。また、時代の要請に応えた組織と事業、そしてマインドセットへと改革するチャンスであるとも訴える。

 その根拠とは何か。本当の不況でないとすれば、いま日本製造業に求められる行動は何か。危機をチャンスに変えるにはどのような改革が必要か。「部分最適と全体最適」を同時に考えるゴールドラットならではの意見に耳を傾けてみたい。

編集部(以下色文字):昨2008年後半から始まった景気後退は、100年に一度の危機などといわれていますが、あなたの認識はちょっと違っているようですね。

ゴールドラット(以下略):リーマン・ショック以降、電機や自動車業界は、生産の調整と在庫の圧縮を急速に進めています。日本である日、2008年10-12月期の在庫投資(在庫残高の変化)が前年同期比で減少に転じたという新聞報道を目にしました。その記事では、これら一連の行動は、問題を先送りしたことで長期的な停滞を招いた1990年代のバブル崩壊時とは打って変わって素早い対応であると、日本企業の姿勢を評価していました。しかし私は、このような認識や対策には賛同しかねます。

 100年に一度の深刻な危機という見方が支配的な現状について、それは比較的規模の小さい落ち込みにすぎず、しかるべき対策を講じれば、またとない成長のチャンスになりうると、私は一貫して主張しています。