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泥沼からの脱出
4年前、フィアットは物笑いの種だった。イタリアで新聞を広げるたびに、「フィアット、赤字拡大」「フィアット、新型車不発に終わる」「フィアット、どこそこでストライキ」等々、情けない記事ばかりが載っていた。
私にとってそれ以上に気がかりだったのは、3年間でCEOが4回も入れ替わっていることだった。私は、大方の目には「死に体」に映っている企業の再生を請け負う5番目の男であった。そんな私が、2004年6月に初出勤した時、どのような思いだったか、ご想像いただきたい。
また、フィアット経営陣はどのように感じていたのか、想像してほしい。自動車業界についてはほとんど素人同然の私──しかも、1966年にイタリアからカナダに移住しており、外国人同然でもあった──がやってきて、彼らのリーダーになったのだから。
全員、頭を抱えて、「ほら、まただ。この新米CEOにも、自動車ビジネスとは何か、一から教えてやらなきゃいけないんだろうなあ。彼も前任者と同じ結果に終わるなら、もうやってられない」と思っただろう。彼らの顔に、そう書いてあった。私が彼らの立場だったら、きっとそう感じたはずだ。
さらに言えば、自動車ビジネスは信じられないくらい厳しい。私はそれまで、価値の破壊という点では、製薬会社こそ最悪だと思っていたが、自動車産業は間違いなく、それ以上だった。
トヨタ自動車やポルシェなど、数少ない例外はあるとはいえ、自動車メーカーは何年にもわたって価値を破壊し続けてきた。なかでもフィアットは、最悪な企業の一つだった。
しかし、いまや隔世の感がある。黒字転換を果たし、世界最小の乗用車の一つ〈フィアット500〉の最新モデルは業界の話題になった。
企業再建を達成するまで、会社の運営方法を抜本的に変える必要があった。これまでずっとフィアットの特徴であった、偉大な人物がリーダーシップを発揮することを放棄し、だれでもリーダーになれるような企業文化の育成に努めた。