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AIがリーダーシップを補完する
AIは過去数年にわたって、人間の共感を模倣する能力において大きな進歩を遂げてきた。自然言語処理と機械学習により、AIシステムは感情のヒントを認識して反応し、共感を真似て、さらには人間の感情的な反応を予測できるようになってきた。しかも、その精度は高まっている。2025年1月に米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載された研究によると、AIが生成したメッセージは、過度に実用的な提案を避けつつ、感情的なサポートを示すことにより、人間が書いたメッセージよりも、受け手に「自分の意見に耳を傾けてもらっている」と感じさせることがわかった。
だが、AIシステムにはまだ、人間らしい理解の能力──より具体的には、思いやりのあるリーダーシップの中核を成す要素が欠けている。AIは新しいスキルを学ぶことはできるが、反省したり、自己成長を経験したりすることはできない。また、みずからの行動の重みや、リーダーシップの感情的なニュアンスを理解できない。実際、PNASに掲載された前述の研究では、メッセージがAIによって生成されたと知ったとたん、受け手は「耳を傾けてもらっている」と感じにくくなった。共感的な反応を模倣できることと、思いやりのあるリーダーシップがある──つまり他者を真に理解し、つながりを構築することとでは、大きく異なるのだ。
しかし、これは二者択一の問題ではない。AIは、リーダーシップの思いやりの要素を担うことはできないが、正しい意図を持って活用すれば、リーダーがより心のこもったリーダーシップを発揮するのを助けてくれる。
筆者らはこの2年間、AIがリーダーシップに与える影響を研究してきた。はっきりしているのは、AIは職場を機械的で取引的な場にすることも、大きなつながりやエンゲージメントを促す場にすることもできるという点である。そこでカギとなるのは、リーダーがAIをどう使うかだ。具体的には、リーダーがAIを使って、思いやりの気持ちを大きく膨らませて、最高に人間的な自分になることが重要だ。
思いやりあふれるリーダーになるためには、まず、人間は誰もが本質的に思いやりを備えているものだ、と理解することから始まる。研究によると、人間は利己的な行動をとった時よりも、向社会的、つまり思いやりのある行動をとった時のほうが、2倍大きな神経学的報酬を得られることがわかっている。
このような本質的な思いやりの特性を認識したリーダーは、さまざまなAIアプリケーションを活用することで、その思いやりの表現をさらに高めることができる。
従業員の多様性に合わせたリーダーシップ
思いやりのあるリーダーシップの根幹は、部下の神経学的および感情的な多様性を理解することである。AIはリーダーがこの理解を深めて、部下への関わり方を考える手助けとなる。
たとえば、AIツールを活用すれば、自分が発信しようとしているメッセージや意思決定が他者にどのように受け止められるかについての洞察を得ることができる。もちろんAIは、特定の年齢や性別、国籍などの人がどのように反応するかについて「正解」を提示してくれるわけではないが、通常は考慮しないような洞察を与えてくれる可能性がある。
私たちが一緒に働いているあるリーダーは、チーム内の部下が注意欠陥・多動性障害(ADHD)を抱えておりブレインストーミングの場で苦労していることを話してくれた。この部下はリーダーを信頼して打ち明け、白紙を前にすると「あまりにも多くのアイデアが一度に押し寄せて、思考がパンクしてしまう」と語った。また、AIを使ってアイデアの初期リストを作成することで、注意を集中しやすくなることに気づいたとも述べ、ブレインストーミングに効果的に参加できるよう、AIを使用してもよいかとリーダーに尋ねた。このリーダーは、そのようなAIの活用方法を考えたことがなかったが、「もちろん」と即答した。そして、その部下に限らず、チーム全体にAI活用の選択肢を提供することに決めた。
コミュニケーションとエンゲージメントの強化
感情分析AIは、メールやメッセージなどのデジタルコミュニケーションを分析することで、通常は見逃されがちな従業員の洞察──たとえば懸念や不満、ストレス、その他のウェルビーイングに関する問題を明らかにできる。
リーダーはこれらの洞察を活用することで、根本的な問題に対応し、変化を乗り越え、コミュニケーションを適切に管理して、問題に対して先手を打つことができる。AIは、言語化されていない思いを行動につなげるための洞察に変換する能力を持っており、それによりリーダーは従業員の懸念に対して、的確かつ思いやりをもって能動的に対応できるようになる。
あるリーダーは、AIが生成した最近のチームミーティングの要約に目を通し、そこに意見の対立があったとの指摘があったことに驚かされた。そこで、そのリーダーはミーティングの文字起こしをAIツールにかけ、自身のリーダーシップスタイルやチームとの関わり方についての分析を依頼した。その分析では、自身が日常的に他者の発言を遮ったり、相手の意見を軽視したりする傾向があることが示された。
このリーダーはAIによる分析結果にショックを受けたものの、それを真摯に受け止め、分析内容が正確かどうか、また今後どのようにチームとの関係を改善できるかについて、メンバーに直接尋ねた。
パーソナライズされたコーチングと能力開発
AIコーチングアプリは、リーダーに対してリアルタイムのフィードバックとシナリオベースのトレーニングを提供する。これは、個々のリーダーのEQ(心の知能指数)に関するニーズに合わせて調整されており、職場における思いやりやリーダーシップの有効性を高めることができる。これらのツールは、リーダーの行動パターンを分析し、共感力や対人スキルを向上させるための重点的な訓練を推奨する。リーダーはAIを活用することで、学んだスキルをいきなり現実に応用する前に、プライベートかつ制御された環境で思いやりのある対応に洗練させることができる。
あるシニアリーダーは、AIコーチングアプリを使って難しい会話の練習をしているという。彼は最近、ある部下に人員削減の対象であることを伝えなくてはならなかった。その際、AIに対して従業員の経歴、配慮すべき点、法的な考慮事項といった文脈を提供した。また、対話において思いやりを最大限に示したいという意図も共有した。そのうえで、AIとのロールプレーによって、従業員が示すさまざまな反応や感情に対する対応を繰り返し練習した。また、自身が解雇を告げられる側の従業員の立場を演じるロールプレーも行った。このプロセスを通じて、明確さと思いやりを両立させた伝え方についての重要な洞察を得ることができたという。
公益のために大きな思いやりを持つ
経営環境が絶え間なく変化する現在、組織はこれまで以上に思いやりのあるリーダーを必要としている。AIは、リーダーが職場における人間関係のダイナミクスを理解する大きな助けとなるが、それは思いやりを実践するための一要素にすぎない。従業員が思いやりを実感できるのは、リーダーが心をこめてリードするという、人間にしかできない能力を発揮し、従業員や顧客、そしてより広いコミュニティの人生を支え、導き、前向きに貢献したいという真摯な願いをもって行動する時である。
AIは驚異的な技術ではあるが、人間が持つ深い思いやりの力に取って代わることはけっしてない。AIは人間を模倣するように設計・プログラムされているが、最終的に価値をもたらすのは本物の人間である。
意外なことに、AIは私たちをより人間的にする可能性を秘めている。ただしそれは、私たち自身が主導権を握り、新しいテクノロジーの習得ではなく、リーダーとして「どうあるべきか、どうなりうるか」という自己のあり方を探求し、それを体現する旅に踏み出した時に限られる。
本稿は、2025年3月にハーバード・ビジネス・レビュー・プレスから刊行されるラスムス・フーガードとジャクリーン・カーターの共著More Human: How the Power of AI Can Transform the Way You Lead(未訳)を抜粋・編集したものである。
"Using AI to Make You a More Compassionate Leader," HBR.org, February 19, 2025.