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従業員の昇進時期がリテンションの重要なカギに
少しばかり2020年を振り返りたい。新型コロナウイルス感染症のパンデミックに端を発した混乱により、多くの企業が雇用の凍結やレイオフを余儀なくされ、労働市場は求職者数が求人数をはるかに上回った年だった。その1年後、パンデミックが緩和して経済が再開すると、企業の状況は逆転し、空いた多くのポストを埋めるのに苦労するようになった。この経済の変化を加速させたのが、「大退職」(グレート・レジグネーション)だ。2021~2023年の間に、米国の労働者1億人以上が、労働市場が自分たちに有利な状況にあると判断し、高い給与や待遇のよさを求めて仕事を辞めた。
大退職時代の変化のスピードと規模は歴史的に特異なものだったが、労働市場の体系的な変動はそうではない。労働市場は定期的に、企業に有利なものから求職者に有利なものへと変化し、企業は顧客のニーズに対応できる労働者数について「豊富」と「欠乏」のサイクルを繰り返す。しかし、それは必然なのだろうか。あるいは、労働市場の変動から企業を守るために、リーダーにできることはあるのだろうか。
この疑問を解決するため、筆者らはパンデミックと大退職の期間における労働市場の現場に着目した。2018~2023年のマネジャー1万1000人以上の離職データから、労働市場が雇用者に有利な時(有力な外部候補者が容易に採用可能な状況)に従業員を昇進させることで、のちに雇用市場が労働者に有利な状況にシフトした時、彼らが退職する可能性が低くなるかどうかを調査した。すると、従業員が昇進した「時期」が、彼らが将来会社に残るかどうかに大きな影響を与える可能性があることがわかった。この発見は、市場が変化する中で雇用主が将来を見据えた労働力を確保するのに役立つものだ。
エンプロイアビリティ・パラドックス
昇進によって従業員ロイヤルティが高まるという考えは、直観的に理解できると思うかもしれない。しかし、十分な裏づけのある研究によると、昇進がリテンションに与える効果は複雑で、従業員をより高い地位に昇進させると労働市場での価値が高まり、その結果として将来退職する可能性が高くなるという結果が出ている。雇用主にとって昇進の良い面と悪い面があることは、「エンプロイアビリティ・パラドックス」(雇用される能力の逆説)と呼ばれる。
『ジャーナル・オブ・アプライド・サイコロジー』誌に発表予定の筆者らの研究では、大規模な世界的レストランチェーンにおける2018~2023年の従業員の離職率を分析し、エンプロイアビリティ・パラドックスを検証した。この期間を選択することで、パンデミック前(2018~2020年)の内部昇進の従業員と外部採用の従業員の離職率を、大退職時代の始まりとのその最中(2021~2023年)の離職率と比較することができた。
まず、パンデミック前の内部昇進のマネジャーと外部採用のマネジャーの離職率を調べたところ、概して内部昇進のマネジャーは、外部採用のマネジャーよりも退職する可能性がわずかに低かった。その後、当然ながらこの会社の全マネジャーの離職率は、大退職時代が始まった2021年4月以降に劇的に上昇しており、その始まりから30日後の時点で、マネジャーが退職するリスクは102%増加した。
最後に、エンプロイアビリティ・パラドックスを調べた。2021年4月以降、雇用機会が豊富になるにつれて、内部昇進のマネジャーは、外部採用のマネジャーよりも退職する可能性が47%以上低くなった。ここで注目すべきは、内部昇進のマネジャーと外部採用のマネジャーは、前職での経験値など採用前の指標で同等であったことが確認されていることだ。これは、この離職率の差は以前の資質の差ではなく、昇進そのものによるものであることを示している。
昇進が長期的なロイヤルティを生む仕組み
筆者らの実地調査の結果が外食産業以外の労働者にも当てはまるのか、またエンプロイアビリティ・パラドックスのロイヤルティの側面が上回った背後にある心理について調べるため、実地調査の条件を模倣した実験を行った。米国の成人労働者300人を仮想のマネジャーに割り当て、昇進によってその役職に就いたか、外部から採用されたかを伝えた。そして、2つの経済シナリオのうちの一つ目のシナリオでは、AIが引き起こした世界的な危機で、雇用不安が広がったと想像してもらった。そして、この危機に直面した際の雇用の安定と組織の支援に対する感情を測定した。2つ目のシナリオでは、景気が回復して豊富な雇用機会が生まれた中で、参加者に競合他社からの魅力的な仕事のオファーを提示した。
結果は、実地調査と同じものだったが、昇進がなぜ経済ショックを効果的に和らげるのかについて、洞察を得ることができた。「昇進」した参加者は、危機の間、職の安定と組織の支援について有意に高い認識を示した。このような認識は、企業に有利な労働市場では当初、離職意向に影響を与えなかったが、その後、求職者に有利な労働市場になり、参加者に外部からの魅力的なオファーが提示された時に、効果が現れた。昇進した参加者は、退職を希望する可能性がはるかに低かったのだ。これは、市場が変化した際にも、それ以前に感じていた安定と支援が長期的なロイヤルティを強化するのに役立ったことを示唆している。
ウォーレン・バフェットは、景気後退が経営不振の企業を露呈させることを「潮が引いて初めて、誰が裸で泳いでいたかがわかる」という有名な言葉で表現した。筆者らの研究結果は、この論理の延長線上にタレントマネジメントがあることを示している。潮が引き、労働市場が逼迫した時に初めて、企業にとって従業員を昇進させることのプラスの効果が離職率の低下という形で現れるのだ。