AIを取締役会の意思決定に取り入れる意義とリスク
HBR Staff/peterschreiber.media/Wong Yu Liang/Getty Images
サマリー:AIは個別の認知タスクで人間を上回る能力を示しているが、実際の経営現場でどのような効果をもたらすのかは未知数である。そこで筆者らは、オーストリアの中堅企業ギースヴァインの取締役会にAIを導入する実験を通じ... もっと見るて、その可能性と限界を探った。AIは思考の幅を広げ、迅速な対応を可能にする一方で、過信によるリスクをもたらすおそれがある。本稿では、AIがエグゼクティブチームの意思決定や相互作用に与える具体的な影響と、その有効な活用法を明らかにする。 閉じる

AIを現実の取締役会に取り入れたら、どうなるか

 75年前に出版されたSF短編小説The Evitable Conflict(邦訳『災厄のとき』、早川書房『われはロボット』に収録)でアイザック・アシモフは、機械が産業全体を管理する世界を描いた。今日では、AIが多くの個々の認知的タスクで人間をしのぐというエビデンスがますます積み重なっている。ケンブリッジ大学のチームによるある実験からは、大規模言語モデル(LLM)が商品設計、コスト管理、マーケットインテリジェンス(市場情報の収集と分析)などのほとんどのタスクにおいて人間の能力を上回ることが明らかになっている。

 たしかにこうした研究結果は強い印象を与えるが、筆者らの知る研究はすべて人工的な実験室という環境下で行われたものだ。その結果を現実世界の条件にそのまま当てはめて推測するわけにはいかない。現場のエグゼクティブは、型通りではなく変化し続ける問題に直面し、不十分または不正確なデータしかない状態で対応が求められることも多いからだ。

 筆者らは、AIを実験室から現実の企業に持ち込んだら何が起きるかを理解したいと考えた。そこで筆者らは、この1年間、オーストリアを拠点とするギースヴァインのエグゼクティブチームの会議に参加した。同社は、オーガニックで環境に優しいウールのスニーカーを販売し、年間8500万ドルの収益を上げている企業だ。筆者らは、AIをさまざまな形でエグゼクティブが参加する会議に取り入れる実験を通して、何がどのような効果をもたらすかを探ることにした。

取締役会におけるAI

 ギースヴァインでの取り組みは、2023年10月に開始した。筆者らは3タイプの介入を設計し、再現性を試すために各介入につき最低2種類のバリエーションを実施した。毎回の介入後、家族経営の同社を率いる兄弟2人にフォローアップインタビューを行い、介入の効果をどう認識しているかを聞いた。

 この介入を実施したのは、エグゼクティブチームがいくつかの大きな戦略的決断を下すことを決めた時期だったので、企業の将来を左右する場面でのAIの仕事を見ることができた。ギースヴァインは製造を完全にアウトソーシングして、オーストリア国内の長年使用した製造施設を閉鎖し、そこをロジスティックスの中心拠点にすることを決定していた。また、スロバキアの縫製工場を売却することや、米国市場に進出することも決めていた。

 第1のタイプの介入では、一連の会議の期間、エグゼクティブチームのアジェンダをチャットGPT4.0に入力し、どのような疑問や問題を議論すべきかについて提案させた。そして、会議でアジェンダの各項目が取り上げられる時に、そのアウトプットをチームに共有した。また、より具体的な提言を作成するためのプロンプトも用いた。たとえば、アウトソーシングの問題が議題に上がった時は、メリットとデメリットをチャットGPTに求めた。同社はすでに生産の一部を中国にアウトソーシングしていたので、もし生産をすべてアウトソーシングするつもりならば何に留意すべきかを探索させた。そして、アウトプットをエグゼクティブ会議で共有した。

 第2のタイプの介入では、エグゼクティブの議論の要点に関連するプロンプトを会議中に入力し、アウトプットを共有した。たとえば、アウトソーシングについて判断する際、決定的要因となりうる要素の一つが生産ラインの稼働率の低さであり、それによる固定費の無駄が問題になっていた。筆者らはリアルタイムで議論に参加しながら、チャットGPTに、同社がすでに生産したものと同じ素材を使って発売できる代替商品のリストを作成させた。提案されたリストにはウールの毛布が含まれていたが、それは以前、エグゼクティブの間でも議論されたアイデアだった。

 第3のタイプの介入では、エグゼクティブチームの会議の際に上がった具体的な質問に対する答えを、会議後にチャットGPTに求めた。たとえば米国市場への参入方法などである。このタイプでは筆者らは2つのバージョンを試した。1つ目のバージョンでは、筆者ら自身の判断を交えてチャットGPTと長時間の対話をすることでAIツールからの答えを導いた。2つ目のバージョンでは解釈を加えたり会話を重ねたりせずに、ただ単にエグゼクティブからの質問を投げかけた。

代用ではなく増強

 この取締役会での実験全体を通して明らかになったのは、AIはエグゼクティブの議論を導き、豊かにする点で価値があるということ、一方でそのためには積極的な関与による管理が必須であるということだ。

 人の関与なしにAIを使用してもあまり効果的には機能せず、エグゼクティブが有用と見なすほどの具体的なアウトプットを提供できなかった。アジェンダやエグゼクティブの質問の入力のみで得られた回答は、月並みで、意外性がなく、陳腐と見なされた。

 一方、同社についての専門的知識がなくても戦略構築の経験を持つ人間のアドバイザーのサポートを受け、人の監督下でAIを使用した場合、そのアウトプットをエグゼクティブは極めて有益と受け止めていた。筆者らは、AIが及ぼす具体的な影響として、以下の3つを読み解いた。

1. ぎこちなさの利点

 直観に反するようだが、チャットGPTの最大の利点は会議の自然な流れを断ち切ったことだった。筆者らはチャットGPTがもたらす、ぎこちなさ、たどたどしさ、遅れは大きないら立ちの種になると予想したが、エグゼクティブらは、そのおかげで立ち止まって考えることができたと評価していた。

 エグゼクティブチームは、自分たちが何十年も一緒に仕事をしてきたため、多くの問題について一致した確固たる見解があり、互いの発言は最後まで聞かなくてもほぼわかることに気づいていた。また、自分たちの共通の体験や習慣化されたルーチンがおのずと盲点をつくり出すことにも気づいていた。CEOのマルカス・ギースヴァインの言葉を借りると、この実験に同意したのは、「私たちのような規模の会社では、意思決定の多くが直感や感情に基づいて行われている。だから、バランスの取れた体系的なサポートを得たい」という期待からだった。

 チャットGPTが包括的なリストを提供してくれることで、エグゼクティブチームはそれまで考慮したことがない選択肢まで検討できるようになった。だが本当の価値は、従来の思考や話し合いのパターンを崩したり、立ち止まって考えたりしたことで、新しい要素を議論できるようになったことだった。

 それが最も顕著だったのは、製造施設の閉鎖をめぐる議論だった。その工場は50年以上も本社にあったので、この問題はエグゼクティブにとっても、従業員や外部のステークホルダーにとっても、感情を強く刺激する事案だった。AIによって、エグゼクティブたちは幅広い視点を持って、事実に基づき、きめ細やかな議論を行うことができた。

2. 完全性の錯覚

 LLMの提案の幅広さにはマイナス面もある。エグゼクティブチームは、自分たちが見落としそうな問題をチャットGPTが指摘してくれることに慣れると、重要なことを見逃さないために、このツールに頼り切るようになった。

 一例を挙げると、ある会議で、近々発表する声明について議論したことがあった。チャットGPTは声明を出す前に対処すべき要素を幅広く提供したが、本来、検討すべき法的リスクについては何も触れなかった。通常ならば、エグゼクティブらが法的な問題に気づいただろう。しかし、AIは完全無欠であるという幻想に、チームは依存し始めていた。このケースでは、事後に解決策を見つけ出したが、さらに疑問を持ち、熟考すれば、たやすく避けられたはずの問題だった。

 これは、広く報告されているハルシネーションとは異なる問題である。AIによって会議での話し合いの幅が広がったことは歓迎すべきだが、AIはけっして完全なものではない。重要な問題を見落とさないためには、批判的思考と疑ってかかる姿勢が必要になる。

3. スピードとコストの利点

 AIを会議に導入する第3の利点は、スピードとコスト削減にあった。取締役会で議論した結果、さらなる調査を必要とする疑問が出てくることはよくある。チャットGPTでデータを集め、すぐに提言できるようになると、より迅速な対応が可能になった。

 たとえば、ギースヴァインがスロバキアの施設の今後について検討した際も、重要な疑問が浮上した。それは、工場を維持すると決定した場合、改修にどれだけのコストがかかるかということだった。その時チャットGPTが十分に正確な見積もりを迅速に提供したので、エグゼクティブはこの件を前に進めることができた。

 AIの使用によって、さらなる調査のコストを削減できることもある。たとえば、エグゼクティブチームが下したある決定は、プレスリリースで発表する必要があった。以前は、プレスリリースの執筆と発表を代理店に依頼していたが、今回はチャットGPTが同社の目的に沿う声明を作成してくれた。この利点は、チャットGPTで会議後の分析を行った時も明らかだった。たとえば、ギースヴァインが将来の商品ポートフォリオについての情報を求めると、チャットGPTはアイデアを出したり、他社の例を参照したりすることができた。もしそれがなければ、このタスクはコンサルタントに依頼することになったか、経営陣がかなりの時間を費やして対応することになっただろう。

エグゼクティブチームの新しいタイプの相互作用

 これまで、生成AIの価値に関する話題の多くは、AIが提供する情報の正確性に集中してきた。1年にわたるギースヴァインでの実験は、価値は別のところに、すなわち相互作用のプロセスそのものにあることを示唆している。エグゼクティブたちは、生成AIが時折ハルシネーションを起こすことを認識しており、不完全な情報や誤った情報に対応しながら仕事することにも慣れている。

 AIがエグゼクティブチームにとって貴重な存在になれるのは、人間とは異なる視点をもたらすからだ。この違いが時には検討を中断させ、その結果、より多角的に検討することを可能にする。またある時には、前に進むために必要な情報を迅速に提供する。しかし、そうした効果を発揮させるためには、ツールを運用する人間、すなわち、必ずしも業界の専門家でなくても批判的思考ができる人が必要だ。人間とツールの組み合わせによってもたらされる集合知は、新しく刺激的な何かを生み出すだろう。


"When AI Gets a Board Seat," HBR.org, March 12, 2025.