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ブランドごとに独自のナラティブを持たせる
前回までの記事では、企業のナラティブ戦略がいかに商品に付加価値をもたらすか、また、ナラティブを構築するうえで歴史がいかに重要な資源であるかを示してきた。ここで強調すべきは、重要なのは歴史の事実そのものではなく、企業が過去の要素をどのように意味づけ、ブランドの価値を表現するナラティブとして構成するかという点である。
とはいえ、すべてのナラティブが歴史に基づく必要はない。たとえば、あるブランドが「モダニティの象徴」としての地位を確立したいのであれば、歴史よりも、現代的なデザインや革新的技術といったモダンなイメージを伝える要素を前面に出すほうがよいだろう。
さらに、多くの企業は単一のブランドではなく、複数のブランドを束ねるポートフォリオを有している。このような場合、ブランド戦略は単体で決まるものではなく、ポートフォリオ全体の中での位置づけや役割によって決定される。
この点に関して、ブランドポートフォリオ管理に関する研究で知られる学者のシルビー・ラフォーレとジョン・サンダースは、ブランドポートフォリオを持つ企業がブランド戦略を策定する際には、それぞれのブランド間の関係性を考慮する必要があることを指摘している。特に、同じポートフォリオ内のブランドが類似したナラティブを持つことは避けなければならない。そうしなければ、自社ブランド同士が市場で競合してしまう。
ポートフォリオの管理は、ブランド内部での重複を回避しつつ、他社が所有する競合ブランドに対して強いアイデンティティを示す、少数の競争力のあるブランドを創出することを目的としている。
このようなナラティブ戦略が実際の企業でどのように実践されているかを具体的に説明するために、本稿では時計産業を事例として取り上げる。なかでも、ロレックスに次ぐ世界第2位の時計メーカーであり、複数ブランドを巧みに使い分けているスウォッチ・グループ(SG)に焦点を当てる。そして、日本のセイコーグループと比較しながら、そのナラティブ戦略とポートフォリオ戦略が、どのように高付加価値経営を実現するかを分析する。
ブランドのポートフォリオ戦略とナラティブ戦略
スウォッチ・グループ(SG)は、1983年にスイスの2大時計製造会社が合併して誕生した。その背景にあったのは、セイコーが開発したクォーツ式腕時計の登場をきっかけとした「クォーツショック」、そして日本企業の台頭による価格競争である。両社は深刻な赤字に陥っており、業界全体が構造転換を迫られていた。