予測不可能な関税リスクを乗り切る価格戦略
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サマリー:関税率の不透明さや景気後退リスクが高まる中、企業はどのように価格戦略を立てればよいのか。値上げかコスト吸収かという二択に留まらず、割引セットの導入や商品の小型化、固定価格契約の活用など、多層的な対応策... もっと見るが求められる。顧客や取引先との信頼関係を損なわずに関税に対応するには、柔軟かつ戦略的な発想が不可欠だ。本稿では、そのための具体的なアプローチを紹介する。 閉じる

消費者には、よそで購入するという選択肢がある

 価格戦略を決めるのはいつでも容易ではない。しかし、関税率が予測不可能で、世界の再編が進み、景気後退の懸念がある中では、バランスの取れた価格戦略を定めるのはいちだんと難しくなる。

 多くの場合、経営者は二者択一を迫られる。値上げに踏み切り顧客を失うリスクを冒すか、それとも関税コストを吸収して利幅が薄くなるのを甘受するか。

 しかし、消費者には3つ目の選択肢がある。よそで購入することだ。したがって価格を決定する時は、競合他社の動きも把握する必要がある。ライバルが値上げに踏み切るなら、ある程度余裕を持って価格決定ができる。だが、ライバルが価格を据え置いて、関税コストを吸収することにした場合、こちらの選択肢は限られてくる。ライバルの商品よりも高い価格にすれば、競争力を維持するのは難しくなる。

 値上げに踏み切る企業は、最低でもその理由を説明する必要がある。値上げを喜ぶ消費者はいないが、明快なコミュニケーションを図れば、消費者の反発を縮小できるだろう。値上げに踏み切る理由、値上げのショックを緩和するために取っている措置(または利益面での譲歩)、そして関税率が下がった時はどうするつもりかを顧客に伝えよう。ドイツの自動車大手フォルクスワーゲンのように、価格に関税による値上がり分を明記することで、透明性を確保することを考えてもよい。消費者は、誠実で事実に基づく値上げの説明には理解を示すものだ。

 だが、「値上げかコスト吸収か」について最善の判断を下しても、利益を取り戻せる保証はない。現在の新しい関税時代が始まる前(わずか1カ月半前のことだ)、経営者たちが示した最大の懸念は、物価上昇が何年も続いてきたいま、さらなる値上げに踏み切れば、消費者を遠ざけてしまうのではないかということだった。価格が上がれば、一部の顧客が離れていくのはほぼ間違いないだろう。他方、関税コストを吸収することにした場合、薄くなった利幅を補うために、販売量を増やす必要がある。だが、経済の不透明感が高い現在の環境では、販売量の増加を見込むのは非現実的な賭けかもしれない。

 では、この大混乱の時期に、企業はどのように価格戦略を立てればよいのか。よく考え抜いた上で、値上げあるいはコスト吸収の決定を下すことは重要な第一歩だ。しかし、顧客やサプライヤー、そして投資家との強固な信頼関係を維持しつつ、関税に対処する方法は他にもある。本稿では、そのいくつかを紹介しよう。

大量購入には割引価格を適用する

 大量購入を約束する顧客については、関税コストを一部吸収することは、数量割引の一種と考えられる。利幅は小さくなるが、販売量を増やすことによって利益を増やすことができる。

 セブン-イレブンが炭酸飲料用の特大カップ「ビッグガルプ」を導入した時、1ml当たりの値段は下がったことになるが、店内ドリンクバーの利益はほぼ倍増した。多くの消費者は、伝統的なサイズ(470ml)を買おうと思って来店しても、「値段が20セントしか違わないのだからビッグガルプ(950ml)にしよう」と考えたのだ。

割引セットを設ける

 関税の対象となる商品を、非対象品またはサービスとセットにして販売する方法もある。その目的は2つある。さほど大きな値上げではないように見せること、そして、もしかすると買わなかったかもしれないものを買わせて売上げを伸ばすことだ。

 たとえば、調査会社インタッチ・インサイトの2024年の調査では、北米の外食客の26%が、バリューセット(料理や飲み物を個別に注文するよりも合計が安く設定されたセット)があるから、従来よりもファストフードを頻繁に利用するようになったと答えた。21%は、バリューセットを提供する別のチェーン店も利用すると回答した。

長期購入契約には固定価格か上限価格を設定する

 多くの消費者は確実性を重視する。長期契約を結ぶ顧客に価格を保証すれば、多くの経営者は安定を得ることができる。たとえば、家庭用暖房向け石油販売会社の一部は、冬季にお得な固定価格プランと、スポット価格で購入できるオプションの両方を提供している。

 これはリスクにもなりうるが、次のような利点もある。

・競合他社が提供していないオプションを提供して新規顧客を獲得する。
・長期受注を確保する。
・潜在的なリスクプレミアムを課す(一定期間にわたり固定価格を保証する代わりに、売り手は価格急騰リスクを引き受けることについて割増料金を課す)。
・関税率が下がったり、同等の商品をさらに安く仕入れられるようになったりしたら利益を得る。

商品の「廉価」版を発表する

 関税は消費者の購買力にダメージを与える。物価高の中、いままで日常的に購入していた商品をすべて購入する余裕はなくなる上に、景気後退の懸念が状況を悪化させる。その結果、多くの顧客は「そこそこのクオリティで十分」というメンタリティに回帰する。

 あなたの会社の商品が消費者の「買い物リスト」から脱落しないように、以下のような多層的な提案を検討しよう。

・プラスアルファの機能を削ぎ落とした「廉価」版で、購入そのものをやめそうな顧客を引き留める。
・「通常」版で既存の顧客を引き続き満足させる。
・プラスアルファの機能をたっぷりつけた「高価」またはプレミアム版で、要求の高い顧客の支出を増やす。

 筆者がかつて『ハーバード・ビジネス・レビュー』(HBR)への寄稿に書いたように、「グッド・ベター・ベスト」という価格設定は、ガソリンスタンドからクレジットカード会社、ケーブルテレビ会社、さらには洗車場までのさまざまな業界で一般的になっている。

商品の小型版をつくる

 関税の対象となる商品の小型版を提供することを検討してもよい。内容量を減らして価格を維持すれば、顧客の購買力低下を認識して対処できる。この成功例としては、トイレットペーパーの全長を短くしたり、箱入りシリアルの内容量を減らしたりするといった方法がある。

 商品を小さくすると、消費者の反発を招くリスクがあることは覚えておく必要がある。プレミアム商品の場合はなおさらだ。果汁飲料大手のトロピカーナは、ボトルのサイズを1530mlから1360mlに小さくしたところ消費者の猛反発を招き、変更直後は月間売上高が19%も落ち込んだ。逆に、ほとんどの高級アイスクリームメーカーは、シュリンクフレーション(価格は同じだが内容量を減らすこと)の誘惑を排して、量り売りの慣習を維持した。

 できれば、関税対象品目については通常サイズを維持しつつ、小型版を展開することを検討しよう。値上げに踏み切っても、すべての顧客がライバルに流れるわけではない。関税危機が収まったら、小型版の販売を停止してもよいだろう。

予算重視の顧客向けに新たな割引を提供する

 価格に敏感な顧客もいる。筆者のお気に入りの戦略の一つは、予算重視の顧客が値引きを得られる機会をつくることだ。たとえば、時間限定(たとえば午前8時~9時)のクーポン券や割戻金、割引などがある。こうした手法は、割引きを本当に必要とする人たちにとって魅力的である(米国の成人の26%はクーポン券を利用すると答えている)と同時に、クーポン券を利用すると言うだけで実際には利用しない人たちをふるい落とすことができる。

予算内での購入を円滑化する他の決済方法

 顧客が毎月の予算内で物価上昇に対処するのを助けよう。分割払いや、後払い決済サービス(BNPL)、予約販売などの戦術は、値上がりに対処する方法になる。米国で最近開かれた人気音楽フェス「コーチェラ」では、パスポートチケット(3日間で599ドル~)の半分以上が分割払いで購入された。

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 値上げであれ、コスト吸収であれ、今回の関税への対処策で利益を増やそうとするのは危険だ。このような大混乱の時期に成功するためには、経営者が価格設定について幅広い視野を持ち、新しい戦略を展開する必要がある。関税措置が継続するか、変更されるか、撤廃されるかにかかわらず、価格設定について大胆な視点を持つことが、新たな利益と成長につながるだろう。


"Setting a Pricing Strategy Amid Ever-Changing Tariffs," HBR.org, April 23, 2025.