取締役会のAI導入が及ぼす思いがけないリスク
Illustration by Andrea Ucini
サマリー:生成AIの導入が進む中、企業の取締役会でも議事録作成や議題設定などにAIを活用する動きが広がっている。しかし、こうした自動化は、取締役会議長が担う重要な戦略的役割や権限行使型タスクに想定外の影響を与え、リ... もっと見るーダーとしての影響力を損なうおそれがある。本稿では、議長の役割がAIによって脅かされないようにするための対策、そして戦略的意思決定を支援するためにAIの関与に境界(フェンス)を設ける方法を論じる。 閉じる

AIが取締役会議長の影響力を低下させる可能性

 生成AIは、業務の自動化と人間の意思決定の補強を通じて産業のあり方を変えている。だが、組織はAIを受け入れる中で、リーダーシップとガバナンス体制への影響に留意しなければならない。

 議事録の作成や議題の設定、会議資料の作成などを含め、企業は取締役会議にAIを取り入れるさまざまな方法を実験し始めた。また、助言を提供して議論を導くAI搭載の新たな取締役会管理ソフトも登場している。

 筆者らは、取締役会議長がみずからの権限をどのように行使するのかを継続的に研究している。最近の一連のインタビューで、AIはいくつかの形で議長の権限と影響力を意図せず低下させる可能性があることが浮き彫りになった。AIによって戦略的目標が損なわれずに支援されるよう万全を期すためには、AIが取締役会議長に突きつけるこの「侵害リスク」を理解し、軽減することが不可欠である。

権限行使型タスクの役割と侵害リスク

 筆者らはトロント証券取引所に上場している企業の取締役会議長27人にインタビューを実施した。これらの企業の平均資産は90億4000万ドル、平均売上高は37億ドルに上る。業種は工業(22%)、エネルギー(17%)、素材(17%)、不動産(13%)、IT(9%)、金融(9%)、一般消費財(9%)、ヘルスケア(4%)を含む。

 平均54分間にわたる半構造化インタビューを通じて、取締役会議長がその役割において権限をどのように行使するのかについて詳細に話をした。複数の独立したコーダーがインタビュー記録を精査し、具体的な「権限行使型タスク」、つまりリーダーが自身の役割に内在する権限を用いて行う行動を特定した。

 会議の議題設定や取締役委員会の設置といった権限行使型タスクは、ルーチンのように見えるかもしれないが、リーダーによる影響力の行使を可能にするうえで極めて重要である。侵害リスクが生じるのは、取締役会議長がAIアプリケーションを用いて自分の仕事を自動化し、その結果として権限行使型タスクに対する議長の影響力が弱まったり、損なわれたりする場合だ。

取締役会議長の権限行使型タスク

 筆者らは、取締役会議長が利用する3つの重要な権限行使型タスクを特定した。

議題の管理

 取締役会議長は、どのトピックがどの順番で話し合われるのかを戦略的に判断し、取締役会議での優先順位と流れに影響を及ぼす。

 議題の管理は単純なことのように思えるかもしれないが、議長の約3割は、これが影響力を行使する重要な手段だと述べた。話し合うトピックをただ列挙するのではなく、会話の流れ全体を方向づけることが求められる。各トピックをどこに配置するのか、何を強調するのか、まったく議論しないことは何か、特定のきっかけがある場合にのみ話し合うことは何か、などである(たとえば議長は、全員の足並みが揃うか、または下準備が整うまで、論争を呼びそうなトピックを意図的に保留するかもしれない)。

「議長の役割はオーケストラの指揮者のようなものだ」と、ある取締役会議長は語った。「実際に演奏はしない。音を出さず、楽器も弾かないが、最終的な音に責任を負っている」