企業は関税や規制の絶え間ない変化にどう対応すべきか
HBR Staff Using AI
サマリー:世界の貿易環境は激動の渦中にあり、産業政策はもはや一部の国策ではなく、すべての企業が直面せざるをえない現実となっている。経営者は産業政策の長期的影響を見極め、短期的リスクと機会を精査し、迅速に対応する... もっと見る体制を整えなければならない。本稿では、企業が政策環境に適応し、競争優位を確立するために取り組むべき6つの行動指針を提示する。 閉じる

不安定な産業政策の時代

 企業の取締役会や報道機関は、現在進行中の貿易戦争の話でもちきりだ。断続的に繰り返される関税措置と、経済的に好戦的な声明は、不確実性や混乱、そして恐怖さえも生み出している。しかし、ここ数カ月の市場の動揺と業務上の混乱に目を奪われるあまり、根底にある変化(混乱や変動はその表れにすぎない)を見落としてしまう危険がある。状況が落ち着いたとしても(いずれそうなるだろう)、企業は新しい構造的現実に直面しなければならない。すなわち、ビジネスの商取引における競争が、国家の産業政策によって直接的に大きく左右される時代に突入したのである。

 かつて、立法や貿易政策・環境対策といったマクロ政策は長期的なサイクルの課題であり、経営陣も「ああ、次のG7首脳会議でどんな話が出てくるか様子を見よう」と言うことができた。だが、いまやそのようにのんびりと構えている余裕はない。米政府高官が「政府の役割は勝者と敗者を選ぶことではない」と断言していた時代や、先進国のリーダーが「政府の政策は公平な競争環境を確保することに尽きる」と、日常的かつ本気で明言してくれた時代は、(感覚的にはごく短期間のうちに)終わってしまったのだ。

 明確であろうと曖昧であろうと、卓越していようと愚策であろうと、産業政策は存在している。したがってビジネスリーダーは、政府が自社に与える影響を知る必要がある。つまり、産業政策が価値の創造をいかに危険にさらし、いかに強化し、それを拡大する機会をいかに創出したりするかを見極めなくてはならない。

産業政策の現状とは

 経済協力開発機構(OECD)の定義によれば、産業政策とは「政府が企業による特定の経済活動を促進または再編するために提供する支援」であり、「とりわけ、その活動内容や技術、所在地、規模、または存続期間に基づき、企業またはある種の企業を支援すること」をいう。その手段としては関税や優遇措置、補助金、そしてインフラなど公共財への投資などがある。この定義に従えば、産業政策はすべての主要経済圏における戦略的なプログラムと化している。

 アメリカの場合を考えてみよう。トランプ政権バイデン政権は非常に異なる道を歩んできたが、共和党も民主党も掲げている目標は似ている。すなわち、半導体やマイクロチップの研究開発と製造、エネルギー生産、AIなどを支援すること、そして中国製の部品や材料への依存度を引き下げ、重要分野における経済的自立を推進することだ。

 また、国際通貨基金(IMF)によると、欧州連合(EU)諸国はこの10年で産業支援への支出を3倍に増やしてきた。同時に、EU自身も特定の産業を支援し、域外の国々への依存を減らすために「競争力コンパス」を策定した。

 中国では長年、国家が経済を管理してきた。アジア・ソサエティとスタンフォード大学の専門家からなるパネルは2022年、「習近平国家主席の下で、中国指導部は重要技術分野における自立と自給自足を強硬に推し進めるようになった」との点で意見が一致した。

 産業政策には、よい部分もあれば、悪い部分もある。最悪の場合、民間資本を生産的な用途から吸い上げて非生産的な用途に投入したり、間違った構想を推進したり、斜陽産業を強化したり、あるいは贈収賄など腐敗の温床になったりする。

 一方、最善の産業政策は、市場がうまく機能しない領域を特定し、その経済が本来持っている独自の強みを活用する(米国の場合、これには独自のベンチャーキャピタルと起業のエコシステムや、莫大な国防予算、大規模な公立研究大学、そして資金と人材を迅速に誘致・投入し、報いる能力などが含まれるはずだ)。よい政策は一貫性も重視する。なぜなら、不安定な政策は、まさにそれ自体が推進しようとしている投資を麻痺させる可能性があるからだ。危険なのは、公益目的を利用して私的な狙いが覆い隠される時だ。

産業政策を中心に戦略を構築するには

 なかには、自社に有利になるよう産業政策を形成しようとする(そして実際にそれができる)企業もあるかもしれない。だが、産業政策が自社にどのような影響を及ぼすのかを理解し、動向と詳細の両方をモニタリングし、それに基づいて行動できるようにすることは、すべての企業が行う必要がある。その6つの方法を紹介しよう。

1. 政策決定者の視点で自社を捉える

 防衛企業や半導体企業であれば、政策が自社に与える影響を把握するのは簡単だろう。だが、他の分野ではどうだろうか。バリューチェーン全体を広い視野で捉えれば、表面上は見えなかった多くの機会や影響が、近い将来に現れる可能性がある。たとえば、一見するとAIを対象とした政策のように見えるものがある。しかしAIにはデータセンターが必要であり、データセンターには大量の不動産、電力、そして建設工事が必要となる。あるいは、製造業を推進するという幅広い政策目標は、自動車メーカーだけでなく製パン業者にさえ恩恵をもたらしうる。物流会社やスマートファクトリー機器メーカーなどは言うまでもない。

2. 産業政策の長期的な影響に注意を払う

 アメリカと各国の関税合戦により、現在の貿易システムには多くのノイズがある。しかしノイズのなかには必ずシグナルがあり、激しい変動の中にも長期的なトレンドが存在する。基幹産業の保護や、将来の産業の育成、エネルギー自立の支援など、幅広い政治的・経済的支援が得られるアイデアや目標は、この混乱を乗り切れるだろう。企業は、そうしたことを念頭に長期的な計画や投資をすればよい。少なくとも、それに逆らって行動するのは不合理である。場合によっては、貿易制限は、国内メーカーが海外のライバルに対抗する競争力をつけるための投資をする時間稼ぎにもなるかもしれない。

3. 国内外における短期的かつ具体的なリスクと機会を評価する

 政府がアメとムチのどちらを使うのであれ、産業政策は海外のサプライヤーに依存する企業にとってリスクとなる。筆者が同僚のサディープ・スマンと執筆し、『ハーバード・ビジネス・レビュー』に掲載された記事で指摘したように、企業はリスクを迅速に特定し、たとえ発生可能性が低い事象であっても、SKU(最小管理単位)まで詳細に備える必要がある。同様の分析を行い、リスクにさらされる市場を特定しよう。たとえば、メキシコやカナダがアメリカ製品に課した制限(あるいはその逆)や、ドイツやフランスが自国企業に与えた優遇策は、どれも海外市場にダメージを与えうる。

 同時に、産業政策が外国企業に対して障壁を設ける場合は、このような外国企業の持っていた国内市場を獲得または取り戻す機会を探るべきだ。産業政策を利用して、海外市場に参入する方法も考えよう。たとえば、(直接または提携企業を通じて)海外生産に投資すれば、その国では輸出業者ではなく国内業者として扱われることになる。いまや世界各地でインセンティブが急増している。こうした機会を積極的に探し出すべきである。

4. 即応力をつける

 脅威と機会の構図は急変する可能性がある(とりわけ現在の米政権の貿易方針を考えればなおさらだ)。したがって、警戒の目を光らせるだけでなく、即応できる手を備えておく必要がある。関税設計の工夫や、価格感応性分析、そして業務効率化を組み合わせ、貿易障壁によるダメージの多くを軽減できる。

 さらに企業は、政府の措置によるショックを吸収するだけの財務的耐性と、変化に迅速に適応できる業務上の耐性(たとえば、主原料について複数のサプライヤーを確保したり、柔軟な製造ラインを保有するなど)を持つ必要もある。

5. 自社のストーリーを広く発信する

 あなたの会社と、そのインパクトや影響力をエコシステムの観点から捉え、それを政策に影響を与えることができる人と共有しよう。自動車産業の未来は、鉄鋼ではなくソフトウェアにあることを理解している議員はどのくらいいるだろう。州や地方、大都市の経済団体は、中堅企業の発言力を増幅させたり、多国籍企業が地元に協力相手を探すのを助けることができる。

6. 本末転倒を避ける

 コアビジネスはあくまでもコアビジネスであり、ほとんどの場合、産業政策はその周縁で作用するにすぎない。一時的で、ほぼ確実に条件が課される政府の助けを得るためだけに、非コアなビジネス活動に裁量資金を注ぎ込むのは不合理だ。

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 リーダーの仕事は、見出したパターンを活用し、誤りを迅速に正し、機会を探し出し、チームが短期的な問題を管理する能力とリソースを持てるようにすることである。新しい物事に直面すると、人は細かな変動に気を取られやすい。そして、多くのエグゼクティブや取締役会にとって、産業政策はまさに新しい物事だ。しかし長期的には、国の政策はサプライヤーや顧客、参入障壁、代替品、そして競合他社といった、よく知っている競争要因を通じて形になるものである。その対処法であれば、私たちはよく知っているはずだ。


"Competing in the New Era of Industrial Policy," HBR.org, July 09, 2025.