反ESGの時代、取締役会はいかに気候ガバナンスを実現するか
Illustration by David Comai
サマリー:企業の気候変動対策に対する政治的な反発が強まり、一部の企業では目標の放棄など後退の動きが見られる。しかし、気候変動がもたらす事業へのリスクはむしろ高まっており、対策の重要性は変わっていない。監視が強化... もっと見るされ、情勢が複雑化する中で、企業の取締役会には、気候ガバナンスから撤退するのではなく、その信頼性や実効性をどう確保するかが求められている。本稿では、今日の気候変動を取り巻く社会や政治情勢の変化を乗り越え、実効性のある気候ガバナンスを実現するための8つの指針を提示する。 閉じる

企業の気候変動対策は後退も、リスクは消えていない

 ここ1年、企業の気候変動対策に対する政治家や投資家からの反発が強まっている。2021年以降、米国の州議会には、反ESG法案が320件近く提出された。フロリダ州やテキサス州などでは、公共投資におけるESG配慮事項の使用を制限した。米国証券取引委員会(SEC)は気候関連開示規則を事実上撤廃し、審議中だったカリフォルニア州の気候関連開示法は、訴訟を提起されている。

 こうした反発を受けて、米国企業の一部に後退の動きが見られる。気候関連開示の縮小、サステナビリティ部門の人員削減のみならず、排出削減目標の放棄に踏み切るケースもある。ブラックロック、ゴールドマン・サックス、ステート・ストリート、JPモルガン・チェースなどの大手金融機関は、国際的な気候アライアンスから脱退し、アルファベットやマクドナルドなどの企業は公式声明から「ESG」を削除した。エクソンモービルは、より厳しい排出削減目標を提案した株主を提訴するという異例の措置を取った。

 しかし、サプライチェーンの混乱や資産の減損、消費者の嗜好の変化など、気候変動に伴うリスクは依然として消えていない。むしろ加速している。気候変動による影響が具体化する中、企業には、緩和策(排出削減)と適応策(物理的および事業運営上の気候リスクへの耐性強化)の両方が必要になる。世界的に、企業はこうしたリスクを認識しているようである。ESG後退に関する報道があるにもかかわらず、PwCの調査によれば、2024年にCDP(カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト)に気候目標を報告した4000社以上のうち、37%の企業が目標を引き上げたのに対し、目標を引き下げた企業は16%にすぎなかった。とすれば、企業の取締役会にとっての課題は、気候ガバナンスに取り組むべきかどうかではなく、監視が強化される時代に、その取り組みでいかに信頼性、合法性、効果を実現するかということである。

変化する情勢に向けた指針

 2024年、筆者らは、『ハーバード・ビジネス・レビュー』(HBR)の論文「気候変動をめぐる意思決定に取締役会が関与すべき理由」の中で、環境への取締役会の意義ある関与の証となる8つの特徴について説明した。本稿では、この論文を発表してからの政治的、社会的変化を踏まえ、アップデート版として、今日の気候を取り巻く情勢の変化を乗り越えるための指針を提供したい。

1. いまこそ自社の気候プロファイルを把握する

 監視が強化される中、取締役会が自社の気候プロファイルに関して基本的な知識を持つことは、第一の防御線である。取締役会は、自社の気候リスク、つまり自社が気候にどのような影響を及ぼしているか、そして何より気候からどのような影響を受けているかについて、揺るぎない理解を築かなければならない。気候データは、社内的に正確であるだけでなく、社外に対して説明できるものである必要がある。

 それはすなわち、排出量指標の第三者検証、仮説の厳格なストレステスト、世間の批判への備えが不可欠ということである。シナリオプランニングでは、法規制の断片化、政策実施の遅延、サプライチェーンの不安定化、税制優遇の減少、物理的気候影響の増大といった想定可能な未来を、幅を持って加味する必要がある。各シナリオについて、自社にとってのリスクと機会、それが企業市民としての責任にどのように影響するかを理解しなければならない。

2. 取締役会の役割を定義する

 気候変動に関する監督から撤退するように迫る圧力に対して、取締役会は、気候リスクがESGのトレンドではなく、事業の中核的なファンダメンタルズそのものと結びついていることを認識すべきである。以前の論文で述べたように、気候問題の監督における取締役会の役割を明確に定義した上で、定款、委員会要綱、株主総会資料に明記すべきである。

 リスク管理、戦略的レジリエンス、長期的価値創造といったフィデューシャリー・デューティー(FD、受託者責任)との関連性も同様に明確にする。ガバナンス文書は、法務担当者のレビューを受け、変化する期待との一致を確認することが推奨される。