AI時代だからこそ、リーダーに数学的素養が必要な理由
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サマリー:AIに数学を任せればマネジャーは本来の業務に専念できる、という発想は誤りだ。数学はビジネスの核を成す「言語」であり、曖昧な現実の問題を整理して実用的な解を導く力となる。正確な問いに強いAIに対し、推論や常識を要する課題では人間が優位に立つ。数学的素養を磨くことはAIの力を最大化するカギでもある。本稿では、自分で思考する「TRY」、意思決定を管理する「DO」、非線形な問題に挑む「WIN」の3視点から、ビジネス数学の活用法を紹介する。

ビジネスシーンで数学を活かす方法

 ビジネスリーダーたちは、昨今のAIの台頭を目の当たりにして、こんなふうに考えているかもしれない──数学的な作業を機械にアウトソーシングすることにより、マネジャーたちに時間的な余裕を与えて、もっとマネジメント的な課題に携われるようにするべきなのではないか。

 この問いの答えは、「そんなことは断じてない」というものだ。

 数学は、ビジネスの核を成す「言語」だ。ビジネスリーダーがこの言語を上手に使いこなすことの重要性は、これまでになく高まっている。この点は、企業の最高幹部クラスに始まり、倉庫のマネジャーに至るまで、ほぼあらゆる職種と組織階層のリーダーに当てはまる。大物投資家の故チャーリー・マンガーの言葉をアレンジして言えば、数値を把握せずにビジネス上の意思決定を行うのは、片脚を縛られた状態で戦うようなもの。つまり、うまくいくわけがないのだ。

 たしかに、AIは数学に関していくつかの目を見張るような能力を持っている。大規模言語モデル(LLM)が数学の競技会で際立った成果を挙げる一方で、人間の数学力は低下しているように見える。一見すると、両者の格差は途方もなく大きく広がっているように思える。私たち人間にとっては、「ゲームオーバー」というわけだ。しかし、このような見方は物事の全体像を捉えていない。

 AIがことのほか得意としているのは、正確に表現された問いに対して正確な回答を示すこと。サンジョイ・マハジャンは、このような数学の能力を「アカデミック」な数学という言葉で表現している。

 しかし、ビジネスの現場における数学は、それとはやや性格が異なる。ビジネスで求められるのは、曖昧で流動的でつかみどころのない問題(実世界で直面するのはそのような問題だ)に対して、大雑把で実用性のある解決策を見出す能力だ。この類いの課題は、AIの弱点をあぶり出す一方、人間が持っている推論の能力と創造性と常識の強みを浮き彫りにする。

 英語で不自由なく会話するために、シェークスピア顔負けの詩をつくる能力は必要とされない。それと同じように、有益なビジネス数学の言語を使いこなすために、微分方程式を正確に解ける必要はない。欠かせないのは、実践的かつ柔軟な形で現実世界の問題を整理し、その問題の解決策を見出す力だ。マネジャーは、このような数学の言語を流暢に使いこなせなくてはならない。

 あらゆる言語に言えることだが、この言語も学んで身につけることができる。ただし、実際に使わなければ忘れてしまうという点も、他の言語と同じだ。一方、この言語を習得すれば、AIに何を期待すべきかを正確に理解した人物の主導の下、AIの能力を余すところなく引き出すことができる。

 筆者は、アイザック・ニュートン、シュリニバーサ・ラマヌジャン、アラン・チューリングといった伝説的な面々も籍を置いた英国ケンブリッジ大学で数学の学位を取得した。また、メンバーが手ごわいロジックパズルに取り組むことで知られる団体「メンサ」(訳注:人口の上位2%以内の高IQ者が集まる団体)に加わって久しい。さらに、データ分析、戦略コンサルティング、投資という、数値が重要な役割を果たす分野で、言わば徒弟式で20年間にわたり学習を重ねてきた。

 こうした経験を通じて、ビジネスに特化した数学の能力に磨きをかけてきたのだ。これは、時代を超えて有用な能力であると同時に、いま到来しつつあるAI時代に打ってつけの能力でもある。この種の能力は、計算モデルの健全性テスト、確率論的な思考、乗法的な力学の理解の役に立つ。以下では、この点について、「TRY」(試す)、「DO」(実行する)、「WIN」(勝利する)という3つの言葉を使って具体的に説明していく。

TRY=自分で思考・推論する(Think and Reason for Yourself)

「非注意性盲目」という心理学の用語がある。これは、私たちがしばしば、重要性に乏しいことに注意を奪われる結果、本当に重要なものが見えなくなる現象を言い表す言葉だ。この現象をまざまざと描き出す「見えないゴリラ」の実験はよく知られている。実験の動画を見たことがある人も多いかもしれない。

 この現象は、ビジネス数学との関連でとりわけ見過ごすことのできない落とし穴を生み出す。たとえば、以下のような状況だ。

・1990年代後半のドットコム景気の時、マネジャーたちは、ウェブサイトの訪問者数、いわばサイトを閲覧する「目玉」の数を数えることに躍起になり、真に重要なことを見落としていた。ビジネスで利益を生み出すにはキャッシュフローが欠かせないという現実に目が行っていなかったのだ。現実には、簡単な計算をするだけでも、キャッシュフローがとうてい足りていないことは明らかだった。

 結局、多くのドットコム企業が破綻したことは意外でなかった。サン・マイクロシステムズのCEOを務めていたスコット・マクニーリーは、初歩的な推論を用いて、当時広く受け入れられていた中核的な前提の多くが荒唐無稽なものだったことを示した。マクニーリーは、この時の状況についてこう論評している──「いったい何を考えていたんだ」。

・2008~09年の世界金融危機の時、経験豊富なアナリストたちが詳細な金融モデルを構築して、投資銀行のリーマン・ブラザーズなどの株式を「買い」推奨し、「A」という高い信用格付け評価を与えていた。しかしほどなく、リーマン・ブラザーズなどが破綻してしまう。

 こうしたことが起きていた頃、投資家のマイケル・バリーなど、一部の外部のアナリストたちがこれらの金融機関の住宅ローン証券化商品を精査して、簡単な数学的分析を行い、まったく理屈に合わないという評価を下していた。後になって、この分析が正しかったことがわかった。

「どうすれば予想を大きく外せるのか」──これは、ベンチャーキャピタリストのビル・ガーリーが2014年に作成した文書の表題である。この文書では、配車サービス大手ウーバーの価値を高く評価する専門家は世界最良の財務モデルを持っているのかもしれないが、そのモデルの核を成す前提は「途方もなくずれている」と指摘していた。

 やはり、歴史はこの主張が正しかったことを実証している。ここでガーリーが言いたかったのは、アナリストたちが複雑なデータ分析にのめり込みすぎると、市場規模などの重要なデータを再調整する際に大きく判断を誤りかねないということだった。この点は、比較対象が存在しない、革新的なビジネスの場合、特に際立っている。

 以上に挙げたのはいずれも有名な事例だが、同様の問題はあらゆる局面で持ち上がる。私たちは、高度なモデルが吐き出す細かい数値を「無批判に」信じやすい。そのこと自体は問題ないのかもしれないが、この種の数値があれば思考と推論をせずに済ませられるというのは、とんだ思い違いだ。

 こうした落とし穴を避けるためには、いつも自分自身で、常識に基づいて、シンプルな健全性チェックの数学を行うことが有効だ。ある有名な言葉を少し修正していえば、正確に間違える(=欠陥のあるモデルのアウトプットに頼る)より、大雑把に正しい(=自分自身の頭を使う)ほうがよいのだ。

 以上のことを上手に実践するために有効な3つのスキルを紹介しよう。この3つのスキルを学習し、実践するとよい。

数値に関する直観を育む

 数値に関する直観を育む目的で、筆者は「自分の頭でも考えないと、答えを教えてくれない」特殊な計算機を使っている。その計算機は、ユーザーが計算のために数値などを入力すると、計算結果を示す前に、ユーザーの大雑把な推測を尋ねてくる。ユーザーが回答した推測がおおよそ正しければ、正確な計算結果を示してくれる。しかし、推測が大きく外れていれば、もっとじっくり考えて再挑戦せよと促される(詳しくはこちらを参照)。

問題解決のフレームワークを利用する

 筆者は、伝説的なマッキンゼー式の問題解決法の訓練を受けた。シンプルな仮説を構築し、それを検証し、それに磨きをかけることを繰り返すという手法だ。その際は、関連するファクトと大雑把な計算を活用する。この問題解決法は、ほぼあらゆる問題で有用だ。具体的な方法論はここで学ぶことができる。

暗算のコツを活用する

 前出のサンジョイ・マハジャンは、6つのシンプルな暗算テクニックを教えている。筆者はそれらのテクニックを活用して、複雑な問題を単純化して対処している。6つのテクニックとは、次元解析、簡単なケースの活用、ランピング、図解、逐次近似法、類推である(詳しくはこちらを参照)。

DO=意思決定 vs. 結果(Decisions vs. Outcomes)

「私たちが決定を下す。何らかの結果が生まれる。意思決定と結果の間には関連があるが、この2つが常に一致するとは限らない」──筆者がこれまでのキャリアで学んだ中で最も強力な数学上の教訓は、もしかすると、この点かもしれない。

 筆者はビジネススクールでMBAの取得を目指していた時、ファイナンスの授業を履修していた。その授業で課された宿題に、シンプルな石油王ゲームがあった。コンピュータを用いたシミュレーションゲームで、原油掘削のコスト、掘削を行った場合に原油を掘り当てられる確率、原油を掘り当てた場合に手にできる利益の3要素をもとに意思決定を下す(掘削したけれど原油を掘り当てられなかった場合の損失は、掘削コストだけと見なす)。

 クラスの全員がこのゲームを100回くらい行った。コスト、確率、利益の3要素は、そのつど変わる。しかし、求められる意思決定はいつも同じだ。掘削するか、掘削しないか、である。毎回のゲームは、過去のゲームとは独立して行われる(つまり、過去の回の結果がそれ以降のコスト、確率、利益に影響を及ぼすことはない)。一人ひとりの利益の累計は、ソフトウェアによって集計される。回を重ねるごとに、利益を加算し、損失を差し引いていくのだ。

 翌日の授業では、受講生のプレー結果をもとに、教授が2つの点を指摘した。

意思決定

 それぞれの回のゲームには、明確な正解が存在する。確率論をもとに、ディシジョンツリーを用いて期待値を算出することにより、掘削すべきか否かの判断ができるのだ。ところが、すべての回で正しい決定を下せた受講生は、20%程度に留まった。それ以外の受講生は、数学的な方法論を知らないか、あえて運を天に任せる賭けに出た(MBAプログラムで学ぶ学生は忙しい。その点、賭けに出れば、計算するより時間を節約できる)。

結果

 自分でコントロールできる要素をもとに可能な最善の行動を取り、ゲームのすべての回で数学的に正しい決定を下した受講生は、最終的な利益の総額で順位づけすると、クラスで上から10~15%の順位帯に集中していた。素晴らしい成果といえるだろう。

 しかし、ここで見落とせないことがある。裏を返せば、クラスの少なくとも10%の人たちは、運を天に任せる戦略を採用することにより、この人たちを上回る利益を獲得していたのだ。特に、最上位の1%の人たちは、最良の意思決定を下した人たちの10倍もの利益を得ていた。正しい意思決定が常に最良の結果を保証するとは限らないのだ。

 運任せの戦略を実践することは、数学的に最良の意思決定を目指すより好ましいのか。そんなことはない。運任せの行動により、一握りの例外的な勝者が生まれる場合はあるが、そうした行動はほとんどの場合、大勢の破産者を生む。

 ファイナンスの教授は、以下のように結論づけた。「教室でのゲームと異なり、現実世界では完璧な情報が揃うことはありえない。それでも、できる限り質の高い情報をもとに、ディシジョンツリーなどを駆使して確率論的な思考を実践することは、優れた意思決定を下すうえで最良の方法である」

 こうした手法を一貫して実践すれば、好ましい結果を得ることができる。しかし、それよりもっと大きな成果を挙げる運任せ派がほぼ常にあらわれる。時には、運を天に任せて、はるかに大きな成果を挙げる人もいるかもしれない。純粋に偶然の結果として、そのような成果を手にするのだ。

 そのような人たちを妬んだり、ほめ称えたり、模倣したり、研究したりしても、得るものはない。ビジネスは確率論の世界であり、結果はランダムに決まる。それが現実だ。受け入れがたいと感じる人もいるかもしれないが、この現実は動かない。

 確率思考のツールは極めてシンプルなものに見えるかもしれないが、威力は途方もなく大きい。この思考様式は、ビジネス上の推論とマネジメント上の意思決定のほぼすべての領域で中心的な役割を果たしている。

WIN=直線的でない問題に向き合う時(When It’s Non-Linear)

 時に、自分が正しい確率論的な思考のフレームワークを持っていると思うことがあるかもしれない。しかし、そのような発想は非常に危うい。この種の誤った思い込みに陥るのは、「非直線的」な問題に「直線的」な思考を当てはめようとする時だ。

 この項で取り上げる数学上の概念は、一見するとわかりにくく感じられるかもしれない(筆者も以前はそう感じていた)。しかし、そこからシンプルな教訓を導き出すことができる。プロジェクトファイナンスやベンチャーファイナンス、M&A、マーケティングチャネルへの支出など、資本やリソースの分配に関わる仕事をしている人は、いわゆる「ケリー基準」を直観的に身につけておくことが有益なのだ。その理由を説明しよう。

 筆者があなたに次のような取引を提案したとしよう。

・あなたは100ドルの資金を持っている。

・コイントスを行う。

・コインの表が出れば、あなたのお金は1.5倍に増える。つまり、100ドルのお金が150ドルになる。

・コインの裏が出れば、あなたのお金は40%減る。つまり、100ドルのお金が60ドルになってしまう。

・もう一度コイントスを行う。設定は同じだ。ただし、前回の結果により、150ドルもしくは60ドルの手持ち金で開始する。これを100万回繰り返す。その都度、前回終了時の手持ち金でスタートする。

 あなたは、この提案を受け入れるだろうか。

 一見すると、悪くない話に思える。話をわかりやすくするために、1ドルの手持ち金でスタートすると仮定して考えてみよう。コイントスを1回行うと、あなたのお金は1.50 ドルか0.60ドルのいずれかになる。確率はそれぞれ50%ずつだ。

 したがって、この提案を受け入れた場合に期待される価値は、50% ×1.50ドル + 50% ×0.60ドル=1.05ドルとなる。つまり、5%の利益が期待できるのだ。これを何度も繰り返せば、かなりの利益を手にできるように思える。でも、本当にそうだろうか。

 このような考え方は間違っている。ノーベル物理学賞を受賞したマレー・ゲルマンと共同研究者のオーレ・ピーターズによれば、途方もない数のプレーヤーにこのゲームをプレーさせた場合、平均すると確かに資産は増えるが、プレーヤーのほぼすべてが資産を失うという。

 理論上の平均的なプレーヤーにとっては好ましいように見える行動が、あなたを破綻に追いやるのだ。信じがたいと思う人は、ピーターズのデモンストレーション動画を見てみてほしい。

 ここまでの議論により、極めて強力な実践的教訓が見えてくる。ある種の局面においては、理論上の母集団(「アンサンブル」とも呼ばれる)に関する理論上の平均的な結果は、その母集団の中の一人ひとりに予想される結果とは大きく異なる可能性があるのだ。

 この点は、直観に反して受け入れ難いと感じる人もいるかもしれない。人間の本能は、上述の石油王ゲームのように単純な足し算的な課題に取り組むように訓練されている。その種の問題では、次のラウンドのスコアは、現在のスコアの足し算もしくは引き算という形になる。しかし、現実の世界で直面する問題の多くは、掛け算的な性格を持つ。このコイントスのゲームと同じように、次のラウンドのスコアは、現在のスコアの掛け算もしくは割り算という形になるのだ。

 掛け算的なプロセスに足し算的な分析ツールを用いることには、大きな危険を伴う。掛け算的なプロセスは、足し算的なプロセスとは異なり、結果が指数関数的に増大したり減衰したりして、極端な結果を生む場合がある。(たとえば、上のコイントスのゲームの結果は「幾何平均」の概念に従って決まる。幾何平均の値はゼロよりも小さく、減衰が避けられない)

 信号処理、情報理論、オペレーションズマネジメント、資本の配分などの分野で仕事をしている実務家は、ここまで論じてきた力学をよく知っているはずだ。そして、そのような人たちは、それに対処するための強力な数学的ツールを持っている。そのツールとは、前述した「ケリー基準」である。

 ケリー基準を最もわかりやすく表現したものが、いわゆる「フォーチュンの公式」かもしれない。この公式のもとになったのは、ジョン・ケリー、クロード・シャノン、エド・ソープといった数学者たちの主張だ。この人たちの著作は、ギャンブルはいうまでもなく、情報テクノロジーから投資マネジメントに至るまでさまざまな分野における意思決定の経験則を大きく様変わりさせた。

 核を成すのは、長い目で見た成長率を最大化したければ、賭けの規模を賢明に決める必要があるという考え方だ。具体的には、すべてを失って退場になるリスクを回避しつつ、大きな利益を得られる時にはホームランを狙えるようにしたい。ケリー基準は、そのために賭けの規模の最適水準を導き出す数式である。

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 統計学者のハンス・ロスリングは、すべての人にとって重要な意味を持つメッセージを残している。この美しくも複雑な世界は、言葉だけでは理解できない、だから数値を無視してはならない、というのだ。

 これは、ビジネスの世界にもいえることだ。ビジネスリーダーは、どんなに素晴らしい言葉を発したとしても、それだけでは十分でない。数学の言語も流暢に操らなくてはならないのだ。強力なAIと協働する時代には、その重要性がかつてないほど大きくなる。

 その点では、シンプルな数学の言語と、それに基づくツールが助けになるだろう。本稿で述べてきた「TRY」「DO」「WIN」の精神を実践しよう。


"The Case for Sharpening Your Math Skills in the Age of AI," HBR.org, January 05, 2026.