地政学リスクに強い「多極型」経営の実践
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サマリー:分断が進む世界では、従来の表面的なローカライゼーションではもはや不十分だ。多国籍企業は、R&Dや製造、データ処理などの主要業務を地域ごとに完結させる「多極型企業」(マルチポーラーカンパニー)への変革を迫られている。各地域が自律性を持ちつつ、グローバルに連携する新たな運営モデルが不可欠となっている。本稿では、地域ケイパビリティの構築、ルールとエコシステムの形成、AI強化型集合知の活用という3つの成功要因を提示する。

中央集権でも分散でもない多極型モデル

 多国籍企業は長年にわたり、ローカライゼーションを表面的なマイナーチェンジと捉えてきた。つまり、マーケティング、パッケージング、価格設定を地域の嗜好に合わせて調整する程度だった。しかし、今日の分断された世界では、そのような表面上のローカライゼーションではもはや不十分だ。

 貿易政策は対立し、データ関連法は衝突する。そして多くの政府がデータ主権に関するルールを定め、現地調達と技術移転を義務化している。企業に対し、単に海外製品を販売するのではなく、R&Dから製造、データ処理に至る主要業務を自国内で実施することを求めている。その結果、グローバル企業の運営手法は根本的に変化した。規模の経済を犠牲にしてもサプライチェーンを複製し、現地市場にリアルタイムで適応し、国内・地域のサプライヤーを統合する。冗長性を確保し、あらゆる市場にベストプラクティスを適用するためである。

 この新たなモデルを筆者らが所属する企業では「マルチポーラーカンパニー」(多極型企業)と呼んでいる。中央集権的な意思決定によって統制される地域統合型事業ネットワーク構造を持つ多国籍企業である。従来の分散型とは異なり、単一の標準モデルを複製するのではなく、各地域の地政学的、市場的現実に合わせて、採用する技術から業務フローに至るまで、すべてをカスタマイズする。

 筆者らが所属する企業による未発表の独自研究によれば、多極モデルの実装には、企業によって成功度合いに差がある。企業の業務の分散度を評価するため、多国籍企業3万4866社を対象に、過去20年間の海外投資データ、提携ネットワーク、サプライヤー集中度を分析した。さらに2014年から2024年までの3029社のサプライヤー基盤を調査し、サプライチェーンの自律化と事業モデルの転換に関する経営幹部1000人のアンケート回答を分析し、トップ企業の適応手法に関する事例研究も実施した。

 本稿では、現在のグローバルビジネス環境で成功するために不可欠な3つの主要なファクターを提示する。第1に、地域に根差したケイパビリティの構築。第2に、ルールとエコシステムの形成。第3に、現場におけるグローバルなAI強化型集合知のスピード競争である。個々の要素としては長年活用されてきたが、今日の世界情勢、法規制、技術的現実によってシステム全体が必須要件となり、あらゆる地域に完全に適用されるべきものとなった。

地域に根差したケイパビリティの構築

 長年、多くの多国籍企業が日本などの国で自律的な事業運営を構築してきたが、今日の地政学的、規制上の分断化により、製造のみならず、すべてのコア機能において、地域のケイパビリティの自律性向上が求められている。混乱時には特に、各地域がグローバルハブに頼らずとも、現地でオペレーション、コンプライアンス対応、イノベーションを実行できるようにすることが不可欠である。

 言い換えれば、地域に根差したケイパビリティとは、グローバルな戦略的意思決定は中央で行いつつ、地域運営の自律性を高めることを意味する。成功する多極型企業は、R&Dから製造、カスタマーサービスに至るまで、すべての部署をモジュール化し、シナリオに対応できる体制を構築している。たとえば、単一のサプライヤーに依存するのではなく、複数のパートナーから主要材料を調達し、変化する法規制や経済状況に適応できるようにしている。

 エヌビディアを例に取ろう。同社は、各国に拠点を設置する段階をはるかに超えている。各国のAIツールやインフラの選定に影響力を及ぼす能力を構築中である。米国では、複数の州で製造および半導体製造パートナーと提携し、生産能力を拡大している。一方、欧州では、政府系投資銀行やスタートアップなどと共同で、地域のAIインフラやガバナンス事業に投資している。中東ではハイパースケールAIデータセンターの構築に向け提携している。

 エヌビディアの戦略は、グローバル投資における広範なフローの変化を反映している。たとえば、過去20年間における海外直接投資の発表を分析すると、企業の海外投資戦略に根本的な変化が見られる。中東と中央アジアは、世界に占める海外直接投資事業の割合を2003年の6%から2024年の14%へ倍増させ、ユーロ圏も18%から21%へと地位を強化した。

 地域に根差したケイパビリティの構築は、事業運営だけでなく人材戦略にも及ぶ。成功する多極型企業は、筆者らが「地域に深く根差し、グローバルに通用する人材」と呼ぶものを育成している。現地の文化に深く精通し、法規制に関する専門知識を持ちながら、グローバルなイノベーションネットワークともつながった人材である。たとえばシーメンスは、ベンガルール、上海、深圳、アブダビなどに地域イノベーションセンター網を構築している。主に現地の専門家が地域ごとの法規制、文化、市場に合わせたソリューションを開発するが、彼らは同時に、Siemens Xceleratorのようなグローバルプラットフォームを通じて緊密に連携し、地域横断的な知識共有と協業を行っている。