大企業の変革を阻む4つの罠とその脱出法
HBR Staff using AI
サマリー:不確実性の高い変革を前にすると、なかなか前に進めなくなる企業が少なくない。ある製薬企業の経営陣は、長期にわたり議論を重ねながらも、変革の実行を決断できずにいた。だが、一人の経営幹部の一言が転機となり、変革をようやく前に進めることができたという。本稿では、同社が陥った「考えすぎ」や「コントロールへの執着」といった4つの罠をひも解き、不確実性を受け入れて自信を持って前進するための具体的な処方箋を紹介する。

組織に貢献する経営チームへの変革

 室内の空気は緊張に包まれていた。2020年、ある大手製薬企業(ここではファーマ・グローバル(PG)*と呼ぶ)の米国外部門の経営幹部チームが、年次リトリートのためにフランクフルトに集まっていた。

 彼らは2年にわたって大胆な変革をめぐる議論を重ねてきた。実現すれば、意思決定のあり方を根底から変え、組織をフラット化し、従業員に権限を委譲する改革である。ただし、終わりの見えない議論と広範な分析を繰り返しながらも、同社はその一歩を踏み出せずにいた。

 コーヒーブレイクの最中、同社のトップであるジェリックが、7つの関連会社を統括する同僚のジョルジオに問いかけた。「とりあえず始めてみてはどうだろう。どうなると思いますか」

 シンプルな問いかけだったが、この一言が議論の流れを一変させ、組織が一歩を踏み出す契機となった。

 ジェリックとジョルジオが直面していたジレンマは、多くの経営幹部が経験するものだ。明確なデータも、確立された道筋も、成功の保証もない状況で、どうすれば未知の世界への一歩を踏み出せるのか。検討中の変革が前例のない試みである一方、確信が持てるまで待ち続けていては何も変わらないという状況で、どうすべきなのだろうか。

 筆者らは、多くの組織がこうした問いにぶつかり、苦悩する様子を長年、目の当たりにしてきた。そして、PGの変革を5年間にわたって調査する中で、経営チームが高リスクかつ不確実性の高い変化を乗り切るための重要な知見を得ることができた。本稿では、PGでの経験から明らかになったよくある「罠」と、自信を持って前進するためにリーダーシップに求められる重要な変化について紹介しよう。

第1の罠:最初の一歩について考えすぎる

 2010年代までに、PGは事業の大きな転換期を迎えていた。競合他社と同じく、同社も長年、少数のブロックバスター薬に依存してきた。だが、大型買収によってR&Dパイプラインが拡大すると、同社の商業部門は新たな課題に直面した。複雑さを増しながら拡大し続けるポートフォリオをどう管理するかという課題である。

 俊敏な対応が求められる局面だったが、同社に昔から根づいていたトップダウン型の組織文化と官僚的なルールが、それを阻む障壁となっていた。効率性を担保する狙いで定められた厳格なコンプライアンスや調整の仕組みが、かえってボトルネックを生み、意思決定を遅らせていたのである。

 変革の必要性を裏づけるため、PGの経営幹部チームは大手コンサルティング会社2社を起用した。彼らの提言は一致していた。アジャイルな対応を可能にするために大規模な組織再編が必要だというものだ。しかし、コンサルタントが評価結果を提示してから2年経っても、経営チームはなお、さらなるデータ、さらなるベンチマーク、さらなるリスク評価を求め続けていた。

 変革にためらいを感じるのは無理からぬことである。リーダーたちは重大な決断を下す前に、潜在的なリスクを十分に理解しておきたいと考えていたのだ。しかし、彼らは重要な要素──解決したい課題の本質──を見落としていた。

 従来型の組織改革が明確なソリューションの存在するテクニカルな問題であるのに対し、PGの変革は適応型の問題だった。進むべき方向は明確でも、具体的なソリューションは組織の内部から生まれる必要があった。構造面での単一の修正ではなく、さまざまなチームが相互に関連しながら多くの意思決定を下す必要があったのである。

 しかも、直接的に参考にできる業界内のベンチマークや、大規模な製薬企業のモデルも存在しなかった。PGは、この規模でこのアプローチを導入する最初の大企業になるはずだった。

罠からの脱出:変化を前提とし、現状維持の正当性を検証する

 フランクフルトでの会議によって明確になったことが一点あった。どれほど分析を重ねても、経営幹部チームが慣れ親しんできたような確実性は得られないということだ。

 そこでジェリックとジョルジオは、議論の枠組みを組み替えた。変革の必要性を裏づけるさらなる根拠を求めるのではなく、別の問いを立てたのである。それは「なぜ変わるべきでないのか」。この違いは些細だが、強力だった。経営幹部チームは、真のリスクは現状維持にあると認識し、より多くのデータに安心感を求めるのを止めた。

 ひとたび考え方を転換すると、経営幹部チームは速やかに足並みを揃え、新たな目標を受け入れた。組織設計をフラット化した最初の大手製薬企業になるという目標である。

 このリスクは取るに値するものだった。従業員に対し、経営陣がパーパス志向と、自律性を重視した働き方に本気で取り組むという強力なメッセージを発することになったためだ。さらに、変革の先陣を切ったことで、PGは学習曲線を加速させ、新たなタイプの組織運営の実践モデルという競争優位につながる要素を手に入れることができた。

・もし自社が最初の一歩について考えすぎていると感じるなら、以下のような問いを投げかけてみよう。

 自分たちが解決したい問題は、リスクを評価して軽減できる技術的な課題なのか。それとも適応的な課題であり、それに伴う不確実性は排除ではなく、乗り越えるべき対象なのか。

・自分たちはリスクを減らそうとしているのか、それとも不確実性を避けているのか。変化しないことのリスクは何か。

 この変革に取り組む第一号となることのメリットとコストは何か。競合他社がこのアプローチが実現可能であると先に実証した場合、どのような影響が生じるだろうか。

第2の罠:完全なロードマップを待つ

 PGが乗り越えなければならなかった2つ目の障壁は、完璧な計画を欲する思いだった。同規模の他の組織でもよく見られることだが、PGでの過去の変革では、役割分担と責任が明確に示された詳細なステップ・バイ・ステップのロードマップが不可欠とされていた。

 だが今回は、目の前の課題が適応的な性質を持つものであり、その変革プロセスに曖昧さが内在していた。そのため、ロードマップを描ける範囲は変革の初期段階に限られており、その後のプロセスは初期の対応と成果に応じて進展させる必要があった。

罠からの脱出:到達点を可視化する

 PGの経営幹部チームもそうした理屈は理解していたが、精緻な計画に慣れ切っていた。そこで、彼らは一歩を踏み出すべく、フランクフルト会議で第2の重要な転換に踏み切った。「完璧な計画」という、そもそも存在しないものを追い求める必要性を手放したのだ。

 この気づきによって、議論のトーンが一変した。経営幹部チームは、不確実性の高い期間が生じるのは避けられないという点を受け入れたのである。ある幹部はこう振り返る。「議論の方向が変わった。『混乱を予期しよう』と互いに言い合った。必ず起こることなのだ、と」

 集団として混乱の存在を受け入れたことで、大きな心理的効果が生まれ、結果として落ち着きが広がり、協働が促進された。

 完璧さを求める姿勢から解放されることで、経営幹部チームは前進できるようになった。構造に固執する代わりに、理想とする到達点を思い描いたのである。目指すべきは、戦略的優先事項や意思決定の基準、運営上の境界をめぐる共通理解に照らし合わせながら、各自が最小限の承認で意思決定を下せる権限を備えた組織だった。

 目指すべき成果に焦点を当てた結果、経営幹部チームの不安は軽減され、さらに前進への活力も生まれた。彼らは、明確な方向性、明確な役割と責任、透明性の高いコミュニケーションといった重要な成功要因を整理した。そして、回避しがたい混乱を乗り越えるために、ビジョンと方向性を「何度も繰り返し」伝え続けることを決意した。このプロセスを通して、事前に定めたステップ・バイ・ステップのロードマップがなくても、変革を成功させることは可能だという集団的な自信が生まれたのである。

 不確実性の高い状況において、そうした自信を築くために、以下の点を問いかけてみよう。

・自社の将来像はどのような姿であるべきか。どのように機能すべきか。

・混乱が避けられないのであれば、それを生産的な混乱にするために何ができるか。予期せぬ課題が生じた際に、混乱を抑えながら俊敏性を保ち、互いをサポートしあうために、どうすればよいか。

・不確実性を乗り越え、勢いを維持し、変化のプロセス全体を通して組織が効果的に適応するためには、どのような価値観や行動、コミットメントが必要か。

第3の罠:コントロール反射

 計画と不確実性に関するマインドセットを切り替えた後、経営幹部チームは変革を前に進める必要性を認識した。次の課題は、意思決定の分散化を目指した変革を「リードする」とはどういうことか、という点だった。

 従来のアプローチであれば、ジェリックと経営幹部チームが全面的に責任を負うことになっただろうが、彼らはすぐにこの戦略に伴う2つの欠点に気づいた。一つ目は、変革の範囲があまりに広大なため、すべての課題に同時に対処するのは不可能だという点だ。第2に、そうしたトップダウン型のアプローチは、変革の本来の目的──従業員を信頼し、彼ら自身にとって真に機能する組織を設計する権限を従業員に与えること──と矛盾してしまう。

 答えは明確であり、同時に不安を伴うものだった──変革の責任を担うのは従業員であるべきだという答えである。

 フランクフルト会議では、この気づきが驚きと疑念を呼んだ。「私たちは顔を見合わせた。これまで、そのようなやり方がうまくいったためしがない。今回はうまくいくのか。我々は本当に責任を持たなくてよいのか」

罠からの脱出:信頼という筋肉を鍛える

 実際には、経営幹部チームはすべてのコントロールを放棄したわけではなかった。変革の目的、方向性、プロセスについての責任は彼らにあり、その成否についても説明責任を負っていた。そのうえで、変革の各側面に関する分析や提言、意思決定、実行に関する責任は、「サークル」と名づけた自己組織化チームに委ねることを決めた。

 この決定が新たなジレンマを生んだ。経営幹部チームは、成果についての直接的なコントロールを手放す一方で、PGの取締役会への説明責任は引き続き負っていたのである。どうすれば、確信を持ってコントロールを手放せるのか。その答えは、一語に集約された──信頼である。

「我が社の人材がパーパス志向であり、組織にとっての最善を求めるはずだと私たちが心から信じているのなら、変革がうまく機能していない場面で、従業員たちはどう行動するだろうか」と、ジェリックはチームに問いかけた。答えは「立ち止まるべきだ、と我々に伝えるはずだ」だった。

 この気づきは決定的だった。経営幹部チームは、自分たちの役割が解決策を指示することではなく、変革のプロセスを支援することだと理解した。彼らは社内のコミュニケーション基盤を構築し、その基盤を使って従業員がプロジェクトを提案したり、サークルを形成したり、進捗状況を共有したり、提言を投稿したりできるようサポートした。このシステムのおかげで、失敗の兆候を早期に検知することも可能になり、必要に応じて経営幹部チームが適切なタイミングで軌道修正や慎重な介入を行えるようになった。

 経営幹部チームがサークルに権限を委譲するにつれて、双方で相手への信頼が深まっていった。数週間のうちに、組織全体にエネルギーが広がり、従業員は変革を自分たち自身のものと見なし始めた。彼らは自己組織化のプロセスを信頼し、経営幹部チームもまた、従業員への信頼を深めていった。そして、そのような変化に伴い、経営幹部チームは説明責任を引き受けつつ、コントロールを手放すことに前向きになっていった。

 コントロール反射を防ぎ、信頼という筋肉を鍛えるために、以下の点を問いかけてみよう。

・タスク(変革や解決策など)への責任と、プロセスへの責任を切り分けることは可能か。それぞれの責任を誰が担うべきか。

・どのような状況であれば、安心してコントロールを手放せるか。変革を直接的に実行することなく、成果への説明責任を担い続けるにはどうすべきか。どのように維持できるか。

・強力な情報共有をどのように確保できるか。コントロールを取り戻すことなく、進捗をモニタリングし、失敗の小さな兆候を検知し、適時なタイミングで介入できるようにするために、どのような仕組みが必要か。

第4の罠:片足だけ踏み込み、片足は外に残している

 経営幹部チームは引き続き、不安定な立場に置かれていた。変革の成功に責任を負っている一方で、従来型の権限行使の手段を持ち合わせていなかったためだ。この不快な状況の結果、防衛的な本能が働き、変革に片足を踏み込みつつも、片足は外に出しておく状態に陥っていた。

 このリスクを予期していたジェリックと経営幹部チームは、変革を成功させるためには、みずからの役割を再定義する必要があると気づいた。彼らは、自分たちの主要な責務を2つ明確化した。一つ目は、意思決定プロセスを守り、チームが効果的に業務を遂行するのに必要なリソースを確保すること。もう一つは、サークル間の連携を促進し、組織全体の文脈の中でPGを代表することである。

罠からの脱出:変化を制度化する

 こうした役割の転換を確実なものにするため、経営幹部チームはみずからのコミットメントを公に打ち出した。最初の一手は名称変更で、チーム名を「エグゼクティブチーム」から「ネットワーク・エンパワリング・チーム」(NET)*に変更した。この新しいチーム名は、リーダーシップが指揮命令や統制を担う役割を手放し、代わりにシステムを機能させる役割を担うことを伝える明確なメッセージとなった。

 さらにNETは、自分たちの組織および互いへの責務を明文化したチーム憲章を策定した。その中でも最も重要なコミットメントの一つが、「必要な場面では互いを支えるために介入する一方、自己組織化サークルへの干渉を控えるよう、互いに一線を画す」という原則だった。

 NETが最初の本格的な試練に直面した際、この原則は重要な役割を果たした。財務サークルが、従来なら数カ月を要する予算編成サイクルを、AI主導の予測に置き換えると決定したのだ。革新的なアプローチだったが、取締役会に提出する数値を承認する立場であるジョルジオは躊躇した。「予測が妥当であることはわかっていた」と、彼は振り返る。「だが、取締役会に対して、自分の名前を署名し、数値目標の達成に責任を負うのは私だった」

 ジョルジオは、サークルの決定を覆す代わりに、NETとチーム憲章に立ち返った。NETのメンバーは共同で提案を精査し、確認のための質問を行い、自己組織化チームの権限に立ち入ることなく、十分な厳密性が保たれていることを確認した。

 正式に定められた憲章に従うことで、NETは変革に関する原則を強化し、前例を提示した。彼らの役割は、財務目標についてみずから交渉する立場から、各地域での実行を支援するためのリソースを提供する立場へと変化した。

 リーダーシップの変化に刺激を受けて、財務サークルも同様の行動を取るようになった。各事業部門に投資申請を正当化するよう求めるのをやめ、代わりにビジネスケースを共同で組み立てる形に切り替えたのである。

 チームの名称を変更し、役割を定義し、憲章を策定するという決断には、単なる象徴以上の意味があった。この決断が、役割の転換を固定化する「錨」となったのである。NETがみずからの機能を明確に提示するにつれてますます、組織の他の部門からのNETへの信頼が広がり、彼らもまたNETに倣って行動しやすくなった。

 リーダーシップチームが新たなビジョンを十分に体現できるよう、次の点を問いかけてみよう。

・過去との違いが明確になる形で新たな役割を定義し、それを制度化し、明確に伝えているか。

・新たな組織設計を強化するような行動をロールモデルとして一貫して提示し、発信しているか。指示役ではなく、組織を機能させる立場だという姿勢を、どのように示しているか。

・新たなリーダーシップのアプローチに対して、どのようにみずからの説明責任を果たしているか。古い習慣に逆戻りしないための仕組みは整っているか。

* * *

 PGの変革を牽引したのは、詳細なロードマップや完璧な計画、成功の保証ではなかった。一連の意図的なリーダーシップの転換が推進力となったのである。

 分析の限界を認識し、不確実性を受け入れ、従業員を信頼し、新たなリーダーシップモデルを制度化することで、経営幹部チームは躊躇を振り切り、行動を起こすことができた。

 彼らの経験は、同様の課題に直面するあらゆる経営チームにとって強力な教訓となる。確実性を待つこと自体が「罠」であり、前進するには、変革を停滞させる共通の「罠」を認識して、それを乗り越えるリーダーが不可欠だ。リーダーが一歩を踏み出し、全面的にコミットすれば、従業員が単に変化に適応するだけでなく、その変化を推進する存在となるようなシステムを構築できる。

*筆者注:企業名、チーム名、従業員名は仮名とした。


"How One Company Achieved a Bold Transformation - Despite Major Unknowns," HBR.org, January 23, 2026.