右肩上がりの時代に
できた仕組みを壊す

 我々は自分でも気づかないうちに、右肩上がりの時代につくられた仕組みや慣行の中で生きている。例えば、先日ある企業の方から、「うちのR&D部門のトップは、これだけデジタル化が進んでいる中で、いまだに機械系の人材が就いている。これからは電子、情報系の人材を登用しなければいけない」という話を伺った。これなどは右肩上がりの時代にできた慣行が、いまだに根づいている事例だろう。新興国市場が重要性を増してきているにもかかわらず、日本人だけの経営会議や現地法人経営が行われていたりすることもまた然りである。

 その結果、自社に見えない領域が広がってきていることに、気づきにくくなる。アナログからデジタルへ、国内・先進国からグローバル・新興国へ、若者消費から高齢者消費へ、新築からリフォーム・既築へ、主戦場が移っていく中で、その変化の意味するところを十分捉えきれず、いまだに従来型のやり方で戦えると感じてしまうのだ。

 こうした変化は、社内にあるデータや情報を見ているだけでは気づかない。新しい領域では産業統計すら十分整備されていないことも多い。このため、その分野に詳しい人材を幹部として採用したり、サムスンの地域専門家のように現地に人材を送り込み、粗い情報を足で稼いで意思決定につなげていく工夫が必要になる。しかし、右肩上がりの時代にできた終身雇用の保守的人事システムや意思決定プロセスが、それを許さない。全ての問題を自前で解決しようとしたり、精緻な分析がなければ意思決定できない仕組みにしてしまっている。その結果、自社に見える世界がどんどん狭くなっていくのだ。

 ある企業は右肩上がりの時代に、顧客とともに成長する戦略で大きくなった。このため、既存顧客に密着し、徹底的に尽くすことが重要な価値観になっている。エース級の人材が既存の大手顧客に張り付き、顧客の担当者と一緒に出世することをよしとしてきた。しかし一方で、新規顧客の開拓には一線級の人材が割り当てられず、顧客の幅が広がらないという悩みも抱えていた。