「退屈な会議」で内職をするリーダーが失っているもの
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サマリー:シニアリーダーは多くの会議で「面白いかどうか」を基準に、その会議に集中するかどうかを決めがちだが、その判断は誤りである。退屈に見える対話ほど、信頼構築や重要なリスクの発見、創造的な発想につながる可能性が高いからだ。筆者らの研究によれば、みずからのリソースを温存するために会議への関与を限定することは、かえって重要な情報の見落としや人間関係の弱体化を招くと警鐘を鳴らす。

退屈な会議をやり過ごすことの代償

 シニアリーダーは、多くの時間を対話に費やす。1on1ミーティング、オペレーションの進捗報告、部門横断的なブリーフィング、ステータスの確認などだ。スケジュールが過密で注意力にも限りがある時、エグゼクティブは通常、これらの会議に出席するかどうかを選択することはない。「どの程度、真剣に出席するか」を選択するのである。そしてその際、多くのリーダーはある単純なメンタルショートカット(精神的な近道)に頼っている。「このテーマは全神経をそそぐに値するほど面白いか」という問いだ。

 このフィルタリングのプロセスは、一見すると合理的だ。テーマが斬新であったり、緊急性が高かったり、重大な利害が絡むものであれば、集中する価値がある。一方で、退屈で、単調で、ルーチン的なもののようであれば、マルチタスクをこなしたり、表面だけをなぞったり、別のことを考えたりしてやり過ごすのは容易だ。しかし、その直観はリーダーを誤った方向へ導いている可能性がある。

 筆者らが、実験環境と実際の職場の両方において、対面とバーチャルの会話を対象に行った一連の実験では、人々はいわゆる「退屈な」会話がいかに楽しく、興味深いものになるかを一貫して過小評価していることが明らかになった。退屈そうだと思われたテーマも、いざ会話が展開し始めると、驚くほど没頭でき、有用で、人間関係の構築にさえつながることが多いのだ。

 シニアリーダーにとって、この事実は極めて重要である。スケジュールの中で最も刺激が少なそうに見える対話こそが、信頼が築かれ、早期の警戒信号が浮上し、予期せぬアイデアが生まれる場であるかもしれない。リーダーが、面白くなさそうという理由で会話に意識を向けずにいると、情報を聞き逃し、無関心であるという信号を送り、人間関係を弱体化させるおそれがある。

真剣に向き合うことが想像以上に重要な理由

 筆者らの研究(本稿執筆時点で『ジャーナル・オブ・パーソナリティ・アンド・ソーシャル・サイコロジー』誌に掲載予定)では、あらゆる状況において、人々は自分が「退屈だ」と判断したテーマに対して、実際にはどれほど深く関与できるかを予測するのが苦手であることがわかった。誰もが会話を楽しみたいと願うものだが、シニアリーダーにとってエンゲージメントは、単に「あったほうがよい」という程度のものではない。社会的相互作用に関する数十年の研究は、たとえ短い会話であっても、心理的なリソースを活性化させ、生産性、粘り強さ、そして全体的なパフォーマンスを高めることを示している。深いやり取りは、精神的なリソースを消耗させるどころか、むしろリソースを補充する助けとなるのだ。

 ある研究では、参加者に、以前「退屈だ」と評価したテーマについて、話し合いがどれほど楽しいものになるかを予測してもらった。その後、一部の参加者はそのテーマについてリアルタイムの会話を行った。別の参加者は、まったく同じ会話内容の録音を聞くか文字起こしを読んだ。こうした受動的な方法は、多忙なリーダーが時間と注意力を節約するために頼りがちだ。提供された情報はどちらも同一で、異なっていたのはエンゲージメントのレベルだけである。

 その結果、リアルタイムで聞き、応答し、適応しなければならない状況に置かれた参加者は、議論がいかに興味深いものになるかを過小評価していたことがわかった。会話が展開するにつれ、関心は予想を超えて高まったのだ。しかし、聞くだけ、あるいは読むだけの参加者は、予測が的中した。活発な参加をしなければ、その体験はテーマが示唆する通りに退屈なものに感じられたのだ。この傾向は、対面かバーチャルか、あるいは会話の相手が親しい友人か見知らぬ人かにかかわらず、同様に見られた。

 さらに、この「退屈な」テーマに対する偏見は、経験を積んでも消えないことがわかった。退屈なテーマについて驚くほど興味深い会話を経験した後でさえ、参加者は次回の会話についても同様に過小評価したのである。

なぜエグゼクティブにとって重要なのか

 シニアリーダーは、注意力を戦略的に配分するように訓練されている。価値が低いと予想される場合、彼らは認知的プレゼンスを抑え、限られたリソースを費やすに値すると感じることのために集中力を温存しようとする。しかし、一つ質問を投げかけ、もう少しその場に留まり、リアルタイムで反応することから生まれるエンゲージメントこそが、ありふれたテーマにダイナミックな可能性を吹き込む不可欠な要素だ。リーダーが始めから集中せずに会話に入ると、実りある対話が生まれる可能性をみずから逃すことになる。

 これには二次的な影響もある。従業員はエグゼクティブの反応を細かく観察している。ルーチンの報告中に、リーダーが関心を持っていないようならば、部下は自己検閲を始めるかもしれない。些細な摩擦や早期の警戒信号、現場の士気の変化などは、エグゼクティブの注意を引くほど興味深い問題ではないと判断し、報告を控えるようになるのだ。時間が経つにつれ、これは組織におけるよくある問題、つまり部下の間ではかなり前から見えていた問題について、シニアリーダーが最後に知ることになるという事態を招く。情報が存在しないのではない。情報が上へと伝わらないのだ。