AI導入によるイノベーションの停滞を回避する方法
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サマリー:生成AIは知識の再利用を劇的に容易にする一方で、人々が自力で探索し試行錯誤する動機を弱めてしまう。研究によれば、その結果として組織の発想は少数のアプローチへと収斂し、生産性は向上してもイノベーションは停滞する。この「生産性の罠」を回避するには、あえてプロセスに手回しを加える「戦略的摩擦」が不可欠である。本稿では、他者のアイデアを評価・適応させる「吸収能力」を高め、停滞を防ぐ組織の設計方法と人材の育成・評価について紹介する。

AIで生産性が高まると、イノベーションが減る

 リーダーはAIを好む。テキストの下書きも、コード作成も、分析も一瞬で行い、知識を再利用しやすくしてくれるからだ。だが、知識の再利用が容易になることで、見えにくいコストが発生していることが研究によって明らかになっている。

 筆者らは、組織の学びについて研究している。最近、『マネジメント・サイエンス』誌に掲載された筆者らの研究では、形式的な分析モデル──組織内の個人が、みずからの力で答えを探すか、他者の発見を再利用するかの判断をどう行っているかを分析する数理的枠組み──を用いて、「十分によい」答えがほぼ無料で手に入る状況で何が起きるのかを解析した。その結果、知識の再利用が増えるにつれて独自の探索が減少し、チームの意見が少数の同一のアプローチへと収斂していく、との予測が導かれた。要するに、生産性は向上するが、イノベーションは静かに頭打ちになるのである。

 同様の傾向は、実証研究でも確認されている。たとえば、2015年に『リサーチ・ポリシー』誌に掲載されたケビン・ブードローとカリム・ラカーニによるフィールド実験では、複数の計算生物学者に互いの中間解に自由にアクセスできるようにしたところ、既存のアプローチの改良に労力を割くことが増え、それと引き換えに自力での試行錯誤が減少した。自分で答えを探す余地が狭まるという結論は、筆者らのモデルが予測した「生産性の罠」と整合している。

 さらに、筆者ら自身も日々の仕事を通して、この現象を経験している。我々の所属機関では、AIの進展に遅れないよう、新たなツールや活用事例を共有する週次ミーティングを開催していた。参加率は高かったが、時間が経つにつれて、真の意味での新たな発見は減っていった。

 そこには明白なパターンがあった。議論に貢献する人が減り、セッションの焦点が最新のAIツールの概要説明に偏っていったのである。これは、新たな活用法を理解するための前提知識が足りない参加者が多かったためだ。みずから試行錯誤する人は少数で、それ以外は他者の成果を享受するのを待っているだけ。共有される情報は増えたが、新たな洞察を生み出すのに必要な、労力のかかる作業に取り組むインセンティブは弱まってしまった。

 こうしたことから、生成AIが学習の経済性を変える存在であることは明らかである。もっともらしい戦略メモが一瞬で手に入るのなら、顧客の話を聞いたり、データを突き合わせたり、前提を厳しく検証したりしながら独自の理解を生み出すという、難易度の高い作業に何日も費やす人は減るだろう。「十分によい」ものが無料で手に入るなら、それ以上のものを求めてコストを負担する人も少なくなるだろう。その結果、AIのアウトプットを集めることはできても、それを評価し、適応させ、あるいは反証する作業は苦手という人材ばかりの組織が生まれてしまう。

生産性の罠を回避する

 この課題を解決するには、労力の価値づけを根本的に見直す必要がある。筆者らのモデルでは、個人レベルでの知識共有にわずかな「摩擦」を追加すると、集合レベルでの総知識量が増大することが示された。これは、研究者が「吸収能力」と呼ぶ力──他者のアイデアをそのまま模倣するのではなく、それを評価し、適応させ、改善する能力──が高まるためだ。

 他者の成果を利用する際に自分も一定の労力を払わなければならない状況に置かれると、自力での検証や試行錯誤が増える。こうした労力は、本人が他者から学ぶ助けになるだけでなく、他者の学びの糧となる新たな知識も生み出す。その結果、システム全体としての長期的な知識水準と平均的な長期パフォーマンスの双方を高めることができる。

 この発見を受けて、筆者らは経営学の修士課程と博士課程のセミナーで「摩擦プロトコル」を試験的に導入した。ルールはシンプルで、「共有セッションに参加するには、まず自力で試みた証拠を示さなければならない」というものだ。

 成功事例の共有も歓迎するが、とりわけ重視したのは「失敗したプロンプト」、つまり、行き詰まってしまった試みや、AIがもっともらしく誤った回答を出してきたケースだった。成功例は誰でもインターネットからコピーできるが、失敗の記録には実際の試行錯誤が必要だからだ。