ドラッカー塾®講師 国永秀男氏(左)と『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』編集長 常盤亜由子(右)
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日本語では理解が難しい「インテグリティ」とは何か
常盤:本日は、『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』(DHBR)とドラッカー塾®による特別セミナー「P. F.ドラッカー 『真摯さ(インテグリティ)』とは何か」にご参加くださり、ありがとうございます。今回の特別セミナーは、ドラッカー教授が2025年11月11日に没後20年を迎えることを受けて、DHBR2025年12月号で“ドラッカー特集”を組んだことをきっかけに実現いたしました。
この節目に“ドラッカー特集”を組むに当たり、まず、私たちがドラッカー教授の教えに立ち返るとすれば、どういう切り口がよいかを考えました。その時に出てきたのが、「インテグリティ」というキーワードです。現在、この言葉に立ち返りたくなるような世界を分断するさまざまな出来事が起きています。そこで、インテグリティを軸にして、「ドラッカーの思想」をもう一度解釈してみようと考えました。
この特集を組むと決めたものの、さっそく頭を抱えました。「インテグリティ」を日本語で理解するのはとても難しいからです。ドラッカー教授の著作のほとんどを翻訳された上田惇生先生も、ドラッカー教授と何往復もやり取りをされたうえで、「インテグリティ」を「真摯さ」と訳したと伺っています。
そこで今回の特集ではまず、「インテグリティとは何か」を東京大学東洋文化研究所所長である中島隆博先生にお聞きすることにしました。中島先生は、「日本語に置き換えるのが難しい概念」だとおっしゃりつつも、一言で説明するなら「公共善に開かれた立派さ」「公共的なものに開かれた立派さ」だと教えてくださいました。ここでいう公共善、公共的なものとは、皆が大事だと思っていることを指します。つまり、私利私欲ではなく、社会全体を見渡した時に何を最も大事にするのか。それを前提に一貫性のある判断と行動のことです。
日本では「マネジメントの父」と称されることが非常に多いドラッカー教授ですが、ご自身は「社会生態学者」を自認されていました。この点もインテグリティとは何かを捉えるうえで、大事なポイントだと考えています。それをお伝えするために、今回の特集では、生前のドラッカー教授と交流があった田中弥生さん(元会計検査院長、現在は東京大学客員教授)に、「世界を揺るがす転換期に私たちはどう向き合うべきか」をご寄稿いただきました。こちらは、なぜドラッカー教授が「インテグリティ」という言葉に重きを置いていたのかを理解する補助線になります。
ドラッカー教授が生まれ、多感な青年期を過ごした時代は、第1、2次世界大戦の最中で、欧州はナチスドイツの全体主義に染まりつつありました。その後、英国、そして米国に渡りますが、私たちがよく知る「マネジメントの父としてのドラッカー」は米国に渡って以降のことです。ドラッカー教授ご自身の人間性を形成したのはそれ以前にあり、全体主義に染まりゆく社会の様は、教授にとって強烈な原体験になったと想像されます。これがインテグリティという言葉を大事にしていた理由を読み解くヒントになると思っています。
このように「インテグリティ」は日本語で理解するのが難しい言葉ですが、国永先生の考える「インテグリティ」とはどのようなものでしょうか。
国永:これは答えるのが最も難しい質問の一つだと思います。ドラッカー教授ご自身も「定義できない」とおっしゃっていました。私なりに真剣に考えてみましたが、やはり定義するのが難しく、はっきりとした答えは出ていません。ただ、自分が信じるビジョンやミッションを持って守り続け、一途に歩み続ける一貫性があること。それを踏まえて、具体的に体現しながら生きていく人は「インテグリティを持った人」というイメージがありますね。
人間ドラッカーから滲み出ていた「インテグリティ」
国永:私自身、ドラッカー教授と何度もお会いし、直接アドバイスをいただいていましたが、ドラッカー教授ご本人がインテグリティをお持ちの方でしたね。
常盤:ドラッカー教授はまさにインテグリティを具現化したような方だったということですね。国永先生はドラッカー教授に何度もお会いになり、手紙のやり取りもされていたとのことですが、お二人の出会いについて教えていただけますか。
国永:私がドラッカー教授に初めてお会いしたのは2000年5月で、当時、私は38歳でした。産業能率大学名誉教授の小林薫さんと、元ダイヤモンド社社員の斎藤勝義さんというすでにドラッカー教授と交流のあったお二人に、どのようにドラッカー教授のマネジメントを学んだり、周りの方に学んでもらったりしたらよいか、相談に乗っていただいていました。そんなある日、小林先生に「ドラッカーさんのご自宅に行こうか」と言っていただき、訪問が実現したのです。
ドラッカー教授のご自宅は、カリフォルニア州のクレアモントという街にあります。周りには立派な家がたくさんある中、ドラッカー教授のお宅は平屋建てのシンプルなもので、初めて伺った時は正直驚きました。飾ることなく、質素に暮らしていらっしゃったと思います。
初めてご自宅にお伺いしてドアをノックすると、ドラッカー教授ご自身がドアを開けてくださいました。そして、「こんにちは、クニナガさん」と日本語であいさつしてくださったのです。とてもきれいな発音で名前を呼んでくださったことが本当に嬉しかったのですが、後日、小林先生から「『クニナガさん』という発音は、外国人にとって難しいものなんです。ですからドラッカーさんは、国永さんのお名前を呼ぶ練習していたのですよ」と伺って、感激しました。ドラッカー教授からすれば、私はどこの誰だかわからない人間だったでしょう。にもかかわらず、名前が言えるようにわざわざ練習してくださっていたのです。
その半年後、テキサス州ダラスで、ドラッカー教授がNPOを支援する組織「ドラッカー財団」のイベントが開かれた際に、会場であるホテルのロビーで、ドラッカー教授と奥様のドリスさんにばったりお会いしました。すると、会った瞬間に「クニナガさん」と呼んでくださって驚きました。半年前に一度お会いしただけなのに、私のことを覚えていて、さらに名前を呼んでくださったのです。とても人を大切にされる方だと実感しました。
ドラッカー教授と、ご自宅近くの植物園へ散歩に行った際には、同行していた私の妻にも心遣いをしてくださいました。植物園の中には教授お気に入りの綺麗な花が咲いている場所があったのですが、そこへ行くには舗装されていない砂利道を通らねばなりませんでした。すると、ドラッカー教授はヒールのある靴を履いていた私の妻に「その靴では歩きづらいかもしれないけれど、案内してもいいかな」と事前に確認してくださったのです。こうした点にも自然な優しさが滲み出ていました。
その後、何度もお会いして、いろいろな質問をして毎回アドバイスをいただいていましたが、ダメ出しを受けたことは一回もありませんでした。アドバイスをもとに実行した成果を持って、また報告すると、一緒になって喜んでくださるのです。ドラッカー教授からすれば小さな成果ですが、心から一緒に喜んでくれることに人としての温かみを感じましたし、質問をすると一般的な事例ではなく、私に合う事例を一生懸命に探してくださいました。そんなふうに、相手のことを考え、何とか力になろうとしてくださる思いをひしひしと感じました。
その一方で、ドラッカー教授から「正しいことをしなさい」というプレッシャーを感じたことはありません。お会いした時はいつも、前向きな気持ちになって帰ったものです。頑張ったことを報告したら喜んでくれるだろうなといった気持ちになれる、そんな人として素晴らしい方でした。ドラッカー教授は立派な方ですが、ご本人は自分のことをそうは思っていませんでしたから、上から目線を感じたこともいっさいありませんでしたし、人として私を大切にしてくださいましたね。
常盤:素晴らしいですね。お話を伺っていて、ある経営者の方のお話を思い出していました。人間にはいくつかのタイプがあり、一番大事にすべきは、加熱型の人とお付き合いすることだと教えてくだいました。加熱型、つまり自分のやる気に火を点けてくれる方です。一方で、気をつけたほうがよいのは消火型の人。人のパッションに水をかけるような方っていらっしゃいますよね。時に冷静な判断は大事ですが、常に水を浴びせられてしまうと、せっかくのやる気の火が消えてしまうものです。ドラッカー教授はまさにやる気に火を点けてくださる方であるだけでなく、こちらの方向に行けばいいという道を示してくだる方でもあったのですね。
国永:お会いしてアドバイスもらっていると、「こんなふうにやったらいいんだな」とワクワクして、だんだん道が開けてきて、先が明るく感じたものでした。
非常に実践的かつ具体的なアドバイスも
国永:私がドラッカー教授とお会いしてアドバイスをいただくと、いつも「よかったら、また報告してね」と言われていました。そこで、お会いするまでの間に手紙で報告をすると、手紙で返事をくださいました。また私が手紙で悩みを相談したこともありました。
たとえば、ドラッカー塾の講座で参加者の方から質問や発言をもらいたいと思っていますが、人数が多かった時に発言が少ないことがありました。「私の運営がよくなかったのだろうか」と思い、ご相談したのです。それに対してドラッカー教授からはこうお返事をいただきました。
「手紙をいただき、大変感謝しています。参加者が15人という大人数になると発信しなくなるのはけっして驚くことではありません。普遍的な経験で、誰にでも起こりうることです。9人から11人を超えると、それはもはやグループではなくクラスになってしまいます。そうすると人は、参加者としてではなく、生徒のように振る舞い始めてしまいます。人数が9人以下であれば活発な参加を促すのは非常に容易です。その場合でも通常は議論をリードする準備ができているメンバーが1人いることが望ましいでしょう」。このように、話しやすいような人数があることを、わざわざ手紙で教えていただきました。
常盤:非常に実践的なアドバイスまでくださっていたのですね。
国永:「講座が終わった後に、『学習レポート』を書いてもらったらいいよ」と言われて始めたこともありました。学習レポートには、3つの問いがあります。これは「何を学んだか」「何がまだわからないか」「何を行うか」というもので、具体的な手法まで教えてくださいました。2番目の問いである「何がまだわからないか」については、「自分のわかってないことが明らかになると、意識がそれを理解するための努力に向けられる。それによって知識は増えていくのですよ」とおっしゃっていました。
また、学習レポートは1週間以内に出してもらうようにアドバイスされました。なぜ1週間以内か。「私たち人間には、長期記憶と短期記憶があって、短期記憶は1週間程度で消えていく。学んだ知識は実践によって自分の体の中に残っていくから、1週間以内に何らかの形で一つでも二つでも実践することが重要。だから1週間以内に、提出してもらったほうがいいですよ」。そんなふうに、講座の進め方もこと細かく、とても実践的に教えてくださる方でした。
特集『P.F.ドラッカーに学ぶ 真摯さ(インテグリティ)とリーダーシップ』はこちら
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