パフォーマンスが安定しない部下をどう育てるべきか:カート・フィッシャーの「ダイナミックスキル理論」で捉える②
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サマリー:マネジャーは部下の能力を「固定されたもの」として捉えて、評価する傾向がある。しかし、カート・フィッシャ―の「ダイナミックスキル理論」によると、部下の能力は、関わる人や状況によって変化する動的なプロセスだという。本稿では、ダイナミックスキル理論をもとに、部下の能力を4段階の構造モデルで捉えたうえで、成長支援につなげるフレームワークを紹介する。

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なぜ部下の能力正しく捉えられないのか

 マネジャーが現場で部下を見ていると、ある種の違和感に直面することがあります。主体性がないと感じていた部下が、別のプロジェクトでは驚くほど自律的に動いている。コミュニケーションが苦手だと思っていた人が、特定の相手とは深い信頼関係を築いている。リスク管理が甘いと評価していた人が、ある場面では極めて慎重に判断している──。

 こうした現象は、けっして例外的なものではありません。むしろ、多くの組織で日常的に観察されるものです。それにもかかわらず、私たちはしばしばこれらを「一貫性がない」「能力が不安定だ」と解釈してしまいます。

 しかし、この見方は本当に妥当なのでしょうか。

 従来、部下の能力は「その人に備わったもの」として捉えられてきました。主体性がある人、コミュニケーション能力が高い人、リスク感覚が鋭い人──こうしたラベルをつけることで、人材を理解しようとしてきたのです。しかし、この前提に立つ限り、先ほどのような「場面による違い」は説明できません。同じ人が、ある場面ではできて、別の場面ではできないという事実は、能力が固定されたものではないことを示しています。

 ここで必要なのは、評価の前提そのものを見直すことです。

 カート・フィッシャーの「ダイナミックスキル理論」は、この点に重要な示唆を与えます。この理論では、能力は「人の中にあるもの」としてではなく、「特定の状況の中で立ち上がるスキル」として捉えられます。つまり、能力とは固定された性質ではなく、状況や関係性、認知のあり方によって変化する動的なプロセスなのです。

 この視点に立つと、先ほどの現象の意味は大きく変わります。部下の能力が不安定なのではありません。むしろ、その能力がどのような条件で発揮され、どのような条件で発揮されないのかが、まだ十分に見えていないだけなのです。

 したがって、評価とは単に「できる、できない」を判断する行為ではありません。それは、その人がどのような状況で、どのような構造の下でスキルを発揮しているのかを読み取るプロセスです。

 このように評価の捉え方を転換すると、リーダーの役割も変わります。人を分類するのではなく、理解すること。そして、その理解をもとに関わり方を設計することが、リーダーの本質的な仕事になります。

 本稿では、この視点を出発点として、部下の能力をどのように構造的に捉え、どのように成長支援へとつなげていくのかを検討していきます。

能力は、人と状況の相互作用の中で発揮される

 前述したように、部下の能力を「固定的なもの」として捉えるべきでないのであれば、その前提をどのように置き換えればよいのでしょうか。

 そのカギとなるフィッシャーのダイナミックスキル理論の最も重要なポイントは、能力を「人の中にあるもの」としてではなく、「人と状況の相互作用の中で発揮されるもの」として捉える点にあります。つまり、能力は個人の内部で固定されているのではなく、状況、関係性、課題の性質といった要素と結びつくことで初めて現れるものなのです。

 この視点を他者評価に適用すると、見えてくるものが大きく変わります。

 たとえば、ある部下が会議で発言しない様子を見て、「主体性が低い」と評価することは簡単です。しかし、その人が少人数の場では積極的に意見を出しているとしたら、その評価はどこまで妥当でしょうか。ここで問うべきは、「主体性があるか、ないか」ではなく、「どのような条件の時に主体性が発揮されているのか」です。

 同様に、「コミュニケーション能力が低い」とされる人が、特定の上司や顧客とは円滑にやり取りしているケースも珍しくありません。この場合も、能力の欠如として捉えるのではなく、「どの関係性においてスキルが立ち上がっているのか」に着目する必要があります。

 このように考えると、評価の意味は根本から変わります。

 評価とは、その人の能力を測定し、分類する行為ではありません。それは、その人がどのような条件の下で、どのような構造のスキルを発揮しているのかを読み取る行為です。見えている行動は、その人の能力の一部にすぎず、その背後には複数の構造レベルが潜在しています。

 ここで重要なのは、「見えていない能力」にも目を向けることです。ある状況では発揮されていないスキルも、条件が変われば立ち上がる可能性があります。したがって、評価とは現状を固定するものではなく、可能性の分布を読み取るプロセスでもあります。

 さらに、この視点はリーダーの関わり方にも直接影響します。能力を個人に固定されたものとして捉えると、「指導」や「矯正」を中心とした関わり方をするようになります。しかし、能力を構造として捉えると、どのような環境であれば、その人のスキルがより高いレベルで発揮されるのかを考えることが中心になります。

 ここで一つ強調しておきたい点があります。それは、見えている行動をそのまま「その人の能力の限界」として解釈してしまうことの危険性です。実際には、その行動は特定の文脈の中での一つの現れにすぎません。その背後には、まだ十分に引き出されていない構造が存在している可能性があります。

 したがって、フィッシャーの理論に基づく他者評価とは、「できていること」を確認する作業ではなく、「どのような構造が立ち上がっているか、そしてどの構造がまだ十分に立ち上がっていないか」を見極めるプロセスです。

 この視点を持つことで、評価は人を固定するものから、人の可能性を開くものへと変わります。そして、その理解をもとに関わり方を設計することが、次のステップになります。

 次節では、この理論を実務に適用する際に陥りやすい誤用や注意点について整理していきます。

部下の評価を歪める3つの落とし穴

 フィッシャーの理論は、部下の能力を構造的に理解し、成長支援につなげるための強力な枠組みです。この理論を用いれば、部下の能力レベルを4つの段階で捉えることが可能になります。

 しかし同時に、その使い方を誤ると、かえって人材育成を阻害してしまう危険性もはらんでいます。特に「他者評価」に用いる場合には、いくつかの典型的な落とし穴に注意する必要があります。そこで、4段階モデルについて具体的に解説する前に、典型的な3つの落とし穴について、先にご説明しておきましょう。

 まず挙げられるのが、「ラベリングの罠」です。段階モデルを知ると、「この人はこのレベルだ」と分類したくなります。しかし、フィッシャーの理論は本来、そのような固定的な分類を前提としていません。むしろ、人は状況によって異なるレベルのスキルを発揮する存在であると捉えます。それにもかかわらず、一度ラベルを貼ってしまうと、その人の行動をそのラベルに当てはめて解釈するようになります。その結果、本来は発揮されうる能力まで見えなくなってしまいます。

 次に注意すべきは、「序列化の誤解」です。段階という言葉から、「上のレベルほど優れている」という印象を持ちやすいですが、これは必ずしも正しくありません。重要なのは、どのレベルが高いかではなく、その状況に対してどのレベルが適切に機能しているかです。たとえば、迅速な対応が求められる場面では、抽象的に考えすぎるよりも、行為レベルで素早く判断したほうが効果的な場合もあります。したがって、段階は優劣を示すものではなく、スキルの構造の違いを示すものとして理解する必要があります。