これからは自分の好きなことは何かが問われる
酒井:突出したリーダーを引きずり下ろすのは、ぶ厚い中流層が存在して初めて合理性があることだと思います。中流でいてそこそこの人生が送れるのであれば、それを破壊しようとする存在を排除しようとする力が働くからです。ところが今、このぶ厚い中流層がなくなりつつあります。産業革命がブルーカラーの仕事を奪ったとするなら、IT革命はホワイトカラーの仕事を奪うのです。知識の偏在によって仕事をする時代は終わり、今後生き残るのはコンピュータが苦手な仕事、つまり新規性や進歩性に秀でた仕事だけになるでしょう。でも、こうした仕事はほんの一握りの人にしかこなせないので、いわゆる格差はますます広がる社会に向かっていくのだと思います。
フリービット株式会社取締役。NPO カタリバ理事。1972年、東京生まれ。慶應義塾大学理工学部卒。Tilburg大学TiasNimbasビジネス・スクール経営学修士号(MBA)首席(The Best Student Award)取得。商社にて新事業開発、台湾向け精密機械の輸出営業などに従事した後、オランダの精密機械メーカーにエンジニアとして転職し、2000年にオランダへ移住。2006年末に各種ウェブ・アプリケーションを開発するベンチャー企業である
J3 Trust B.V.を創業し、最高財務責任者(CFO)としての活動を開始。2009年4月、フリービットに参画するために帰国し現職となる。主な著書に『はじめての課長の教科書』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
『リーダーシップでいちばん大切なこと』(日本能率協会マネジメントセンター )『きみたちはどう迷うか』(大和書房)などがある。
伊賀:よくわかります。昔は全員で食料を作っていたのに、今は2%程度の人が食料を作れば国中の人が食べられます。工場で働いてモノを作る人もどんどん減っていますが、それでも全員の欲しい物が供給できる社会になっています。技術革新やオペレーション改善により、生産性がものすごく高くなったからです。これが進めば、100%の人が働かなければ社会が維持できなかった時代から、半分ぐらいの人が働いてくれれば今と同じ程度の生活が維持できる社会がくる、というのは非現実的な話ではないですよね。
そしてそれがもっと進むと、本当に自分がやりたいことと、お金を稼ぐために行なう仕事が分離される時代がやってくると思います。産業革命以降の先進国では、マズローのピラミッドに表れる欲求は、すべて仕事によって手に入れていくという感じでした。しかしこれからは仕事はお金を稼ぐためのものにすぎず、社会的認知や自己実現などは、社会活動や職場以外での人とのつながりの中から得るというようになり、仕事一つからすべてを得るという感覚はなくなっていくような気もします。
酒井:それは間違いないでしょうね。僕は今、人間が「好きな場所」で「好きな人」と「好きなこと」をして暮らしていく人を増やすことに興味を持っています。これまでは、その3つの要素は分かちがたく一体のものでした。しかし、これからはそれぞれを別々に追求できる社会になっていくはずで、そうなると、自分にとって「好き」とは何かということが、これまで以上に問われるようになってくる。自分が「好き」とおもう事象に、できるだけ忠実に生きることこそが、リーダーシップと非常に近いものなのではないでしょうか。