グローバル戦略における中国の位置づけをいかに見直すべきか
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サマリー:かつて多国籍企業にとって中国は巨大な消費市場か、脅威となる競合であった。近年、事業環境は厳しさを増しているが、撤退を選ぶ企業は少ない。なぜ彼らは中国に留まるのか。圧倒的なスピードと密集した産業網を活かし、イノベーションを加速させる「R&Dの上流拠点」へと中国の位置づけを変えているからだ。本稿では、リスクを抑えつつ中国のエコシステムを自社の戦略に組み込むアプローチを論じる。

多国籍企業において変化した中国市場の位置づけ

 長年、多国籍企業にとって、中国の位置づけは次の2つのどちらかだった。まず、中国は巨大な成長市場であり、ビジネスには困難も伴うが無視するわけにはいかない大きな市場、というもの。もう一つは、中国はめきめきと力をつけて、逃げきるのが難しくなってきた新興の競争相手、というものだ。その結果、こうした企業は中国事業をローカリゼーションと市場アクセス、そして売上げという下流工程に重点を置き、イノベーションの中心は他国に置いてきた。

 しかし近年、中国市場は競争が激化し、多くの外国企業にとって収益性が低下している。コロナ禍以来、需要は不安定で、価格競争も激しい。そして電気自動車(EV)や消費財、産業技術の分野でも、中国企業が主導権を握るようになった。多くの商品カテゴリーで、「外国の高級ブランド」の魅力は絶対でなくなってきた。同時に、中国での事業展開は困難を増している。中国の米国商工会議所EU商工会議所の調査では、利益率の低下、市場シェアの縮小、コンプライアンスやサプライチェーンのコスト拡大、そして地政学的な摩擦の悪化といった要因により、外国企業を取り巻く状況は、構造的に厳しさを増している。

 それでも、ほとんどの多国籍企業は撤退していない。大手会計事務所KPMGの調査では、外国企業の94%が中国に留まる意向を示した。変化は、さらに見えにくい部分に起きている。つまり、中国に留まる理由だ。アジアソサエティ中国分析センターがシニアエグゼクティブを対象に行った聞き取り調査でも、明らかなシフトが見られた。この調査は、中国の変わりゆく戦略的価値観や政治リスク、競争環境に多国籍企業がどう対処しているかを調べるプロジェクト「中国と取引をする方法」(The Art of Dealing with China)の一環として行われた。それによると、中国は最終市場としてだけでなく、極めて重要な分野のイノベーションを加速するプラットフォームと見なされつつある。中国では、最先端分野におけるブレークスルーが、法規制のハードルを迅速にクリアできる。中国の外国企業は構造および規制上の制約を受けるが、中国は革新的な技術や新製品のイテレーションを重ね、世界展開前に激しい競争の中で性能を高め、大規模なストレステストを実行できる場となっている。つまり、多くの企業は、中国市場の成長や収益面では期待が縮小しているが、中国をイノベーション・エコシステムの上流へと位置づけているのだ。

 これは、一般的な現地市場への適応プロセス(中国市場向けに既存製品に手を加えるなど)とは大きく異なる。また、リバース・イノベーションとも異なる。ポイントは、中国向けにデザインされた製品が、他国で販売されることではなく、中国のエコシステムのおかげで、グローバル企業が世界市場で必要とするイノベーション創出が加速することだ。中国から外国に伝わるのは、多くの場合は製品ではなく、そこに至るまでの学びだ。そして学びは、競争にとって極めて重要だ。具体的には、イノベーションサイクルが短縮し、技術の複雑性が高まる中、グローバル企業は、画期的な学びが迅速に起こる場所を必要としている。そして中国は、そのような場所として浮上している。

 中国が、世界のイノベーションで存在感を増している理由は3つある。そしてこの環境を最もうまく切り抜けている多国籍企業は、このうち一つ以上を活用する戦略を採っていることが多い。第1は政策環境だ。良くも悪くも、中国で重点分野と見なされた分野では、規制当局の動きが猛烈にスピードアップし、大規模な実験が可能になる。第2の要因は産業エコシステムだ。中国ではR&D、製造、サプライヤーが、他国にはないほど緊密に連携している。第3はプロセス知識が豊かな人材システムだ。中国では、大手テクノロジー企業を中核とする大規模な工業団地やイノベーション地区に、科学者やエンジニア、熟練技術者が、大量に集まっているのだ。

 こうした優位性はどれも絶対的ではない。また、基礎研究の質のばらつきや、根深い知的財産がらみの懸念、そして完全に分散化できない政治・規制上のリスクなど、現実的な弱点も同時に存在する。それでも、中国のスケール、スピード、密度、効率性の組み合わせは、他の国にはとうてい真似できないものだ。本稿では、前述した3つの要因と、グローバル企業によるその活用事例、そして企業がリスクを軽減しつつ、中国のイノベーション・エコシステムを活用してR&Dを推進する戦略について解説する。

政策環境

 中国では、規制当局による許認可のスピードが速い。中国事業を、ローカリゼーションや販売から、早期探索やプロトタイプ開発、検証といった上流にシフトさせた企業は、迅速な許認可取得やサプライヤー選定、臨床試験参加者の募集、パイロットテストといったメリットを得られる。そのような企業は、まだ選択肢が残っていて、サンクコスト(埋没費用)も管理可能な時期に、迅速にエビデンスを集めることができる。

 ここで明確にしておきたいのは、中国におけるイノベーションが必ずしも「より容易だ」とか「より優れている」というわけではないことだ。そうではなく、多くの科学分野で、中国は仮説とエビデンスのギャップをより短期間で解決できるということである。これは、イノベーション中心の企業にとって極めて価値が高い。過密なパイプライン(新薬候補)や、R&D費の高騰に直面する企業にとって、コンセプト実証を迅速化できれば、より速やかにポートフォリオを再編し、資本を再配分できる。

 この時間短縮のメリットを最も実感できるのは、バイオ医薬品企業だろう。スコット・ゴットリーブ元FDA(米食品医薬品局)長官が指摘しているように、中国では、第1相臨床試験(新規医薬品を初めて人に投与する段階)を開始しやすいため、企業にとっては許認可手続きを迅速化できる。2026年3月の米国医師会雑誌(JAMA)の論説によると、中国は医薬品開発の一大拠点として、急速に存在感が高まっている。中国における医薬品開発は、2015年は830件程度だったのが、2024年には6000件超へと急増し、この期間の世界全体の伸びの50%以上を占めた。同じ期間、米国の占める割合は約48%から37%に低下した。英製薬大手グラクソ・スミスクライン(GSK)武田薬品工業は、中国で開発された医薬品候補物質のライセンスを取得し、米製薬大手ファイザーは現在、中国をグローバルな開発スケジュールに組み込み、中国で得たリアルワールドデータ(RWD)をもとに、商業化の是非を決定している。バイオ医薬品以外の分野では、農薬事業を展開するバイエルクロップサイエンスが、中国のスピーディな許認可手続きを利用して、育種と種子技術の試験を行っている。江蘇省太倉市では、地元当局がもろもろの許認可手続きを半日単位で調整した結果、独ベルマン・グループによる1億ユーロ規模の施設は、契約締結からわずか115日で着工となった。

R&Dの密集

 また、中国の統合されたエコシステムは、企業が大規模かつ迅速に学習することも可能にする。設計と製造、そしてマーケティングの緊密な連携が結果を左右する複雑な技術分野では、なおさらだ。