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AI企業とクリエイター間の対立に解決策はあるか
AIに学習させるために用いられるデータをめぐる争いは、この10年を象徴する経済的対立の一つとなっている。出版社、執筆家、ビジュアルアーティストなどは、著作物が無許可・無報酬で使用されたと主張している。これに対しAI企業は、利用可能なデータを用いたAI学習はフェアユース(=公正利用、したがって著作権侵害に当たらない)であり、たとえデータ市場(=データを売買する仕組み)が望ましいとしても、何百万人というクリエイターに対価を支払うのは技術的に不可能だと反論している。研究者らは、個々のデータの価値を割り出すコストがそもそもそのデータが創出する価値を大方飲み込んでしまうと論じている。
この膠着状態に対する公平な解決策、および持続可能なコンテンツ市場の創造は、双方にとって利益がある。どのような策であれ、双方の立場を真剣に受け止めながらも、両者の矛盾した言い分の先を見通す必要がある。
対価の問題について言えば、クリエイターには自身の生計を守る権利がある。その一方で、おそらく現在の訴訟が争点としている過去の違反に対する賠償金を受け取るよりも、今後に向けて公正な報酬を保証する市場をつくるほうが、彼らにとって有益だ。AI事業者にとっては、業界が将来のモデル開発に必要とする高品質データの継続的供給と法的確実性は、各社がいまクリエイターに対価を支払わないことによって節約できているコストよりも大きな価値がある。技術的な実現可能性に関して言えば、現時点までに研究によって提案されているデータ評価技術は現実的ではないが、業界リーダーたちは、少なくとも2021年以来、アンソロピックに対する訴訟のディスカバリー(証拠開示手続き)によって開示された同社のクリス・オラーとダリオ・アモデイによる文書から、豊かな市場をつくる低コストな方法が存在することを知っている。
本稿では、筆者らの研究に基づき、クリエイターに対価を支払う持続可能な市場形成がどう可能なのか、なぜそれがAIの未来に対する社会経済的懸念の根幹に対処するのかを説明する。要はAI企業は、モデルに学習をさせるたびに、その過程でコンテンツの価格設定に必要な2つのデータセットをすでに作成しているのだ。
1つ目のデータは、データ混合比率である。これは、モデル開発者が異なる種類のデータをブレンドする割合であり、各ソースの相対的価値を表している。たとえば良質な報道記事には、SNS上のコメントよりも大きな重みを割り当てていたりする。それは価値の高さを表し、具体的な数字を付してどの程度高いかを示している。2つ目のデータは、スケーリング則である。これは、データ量と計算量を増やすと、モデルの性能がどのように変化するかを予測するためにAI研究者が用いる経験則である。この経験則と経済理論によって、モデルの総価値のどれだけの割合が学習データに帰するかを明らかにできる。パイをどのように切り分けるか、そしてパイがどの程度の大きさなのかがわかるのだ。
これらの数字により、クリエイターへの支払いはかなり単純明快になる。既存のクリエイティブ業界は、著作権管理団体(CMO)を通して個別の貢献者への支払いを行ってきた。それを重要な新しいデータ市場のインフラに適用できないと考える理由はない。
以下では、データ市場がどのように機能し、なぜクリエイター、AI事業者、一般社会に利益をもたらすのかを解説する。
何が問題なのか
現状は皆が不利益を被っている。フロンティアモデルは人間が行うデジタル出力を収集・利用して学習する。それはAI企業が実質的に無償で入手してきた。しかしそのストックは底を突きつつあり、今後の学習に使用する新しい高品質の人間製データが必要だ。研究によれば、モデルが他のモデルの出力を使用して学習すると出力が単純化し、ニュアンス、ディテール、異例などが失われるため、品質が(時には大幅に)低下する「モデル崩壊」が起こる。AIが生成した合成コンテンツがオープンインターネットにあふれるのに従い、AI企業が以前の学習に使用した大規模なスクレイピング(=公開ウェブサイトから必要な情報を自動的に抽出しデータとして利用すること)は、モデル自身が生成したものを含むあらゆるソースからの価値あるコンテンツに報いる仕組みがなければ、次第にみずからの尾を食らう状態になっていくだろう。
新規モデルの学習を可能にする唯一の持続可能な解決策は、「新鮮で高品質な入力の継続的な流れ」だ。つまり、新たな報道、研究、コード、そして特にモデルがまだ理解し始めたばかりの身体作業から得られる豊富な多感覚情報、さらにはモデル出力からのデータである。その流れは、それを生み出す手段と理由を人々に与えるニュースルーム、出版社、大学、スタジオ、職場、労働組合といった経済機関に依存している。AI企業がこの入力に一銭も支払わないのは短期的に得をしているにすぎない。長期的には、皆伐する木こりのように、彼らが依存しているストックを縮小させている。このように見れば、データの対価還元は、AIに対する税ではなく、AI自体の能力の継続に必要な投資なのだ。
一方、創造産業と情報産業は現在、少額の単発(1回限り)のライセンス契約を結ぶか、著作権訴訟に持ち込むかの二択を迫られている。どのような利点があろうと、どちらの道もモデルの成功をクリエイターの報酬に結びつけるものではない。筆者らの枠組みが提供するのは、現在の選択肢にはないもの、つまり成功に対して戦うのではなく、それに比例して増える価値の分配である。







