「自分の弱さ」を認められない上司は、なぜ部下の成長を妨げるのか
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サマリー:部下の成長を左右するのは、部下本人の資質や能力だけだと思い込んでいないだろうか。実際は、上司自身が自分の弱さや未熟さといった内面(「自分の影」=シャドー)にどう向き合えているかも大きな影響を与えている。リーダーが自分の影に無自覚なままだと、部下にそれを投影して過剰に責めたり、チームの健全な学習を妨げたりしてしまう。本稿では、リーダーが自身のシャドーと向き合うことの意味や実践的な視点を解説し、部下が安心して成長できる環境の整え方を考察する。

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リーダーが「自分の影」と向き合わなければ、部下の成長を妨げる

 部下の成長を考える時、私たちはしばしば部下の能力、意欲、経験不足に目を向けます。もちろん、それらは重要です。しかし、部下の成長を左右しているのは、部下自身の要因だけではありません。上司の内面がどれだけ成熟しているのか、どれだけ自分の弱さや未熟さを扱えるのかも、部下の成長に大きな影響を与えます。

 たとえば、上司が部下の失敗に過剰に反応する場合があります。部下が小さなミスをしただけで強く叱責する。部下が不安を口にすると、「そんなことでは困る」と突き放す。部下が反対意見を述べると、「素直さがない」と受け取る。こうした反応は、表面的には指導や注意に見えるかもしれません。しかし、その背後には、上司自身が自分の中の不安、未熟さ、弱さ、攻撃性を十分に扱えていないという問題が隠れていることがあります。

 リーダーは、部下の成長を支援する立場にありますが、自分の不完全さを認められないリーダーは、部下の不完全さにも寛容でいられません。自分の不安を見ないようにしている上司は、部下の不安にいら立ちやすくなりますし、自分の未熟さを認められない上司は、部下の未熟さを責めやすくなります。自分の攻撃性に無自覚な上司は、正論や指導の名の下に、部下を必要以上に追い詰めてしまうことがあります。

 つまり、上司の発達段階や内面の成熟度は、単に上司個人の問題に留まらず、部下が安心して学べるか、失敗を材料にできるか、自分の弱さを出せるか、新しい挑戦に向かえるかを左右します。部下を成長させる上司とは、完璧な人ではありません。むしろ、自分の影や不完全さに気づき、それを部下に投影したり、ぶつけたりしないように扱える人です。

 そこで今回は、リーダー自身の影、すなわち「シャドー」と向き合うことの意味を考えていきます。リーダーが自分の影を見ない時、それは部下の成長を妨げる見えない壁になります。一方で、リーダーが自分の影を少しずつ引き受けられるようになると、部下もまた、自分の未熟さや可能性に向き合いやすくなるのです。

シャドーとは何か:自分では認めたくない感情や未熟さ

 シャドーという概念は、ユング心理学に由来します。ユング心理学におけるシャドーとは、自分の中にありながら、自分では認めたくない側面を指します。それは単なる悪や欠点ではありません。怒り、嫉妬、不安、依存心、攻撃性、劣等感、弱さ、未熟さだけでなく、本来持っているはずの可能性や生命力が、意識から排除された形で影になっている場合もあります。

 人は誰しも、自分について持っていたいイメージがあります。「自分は冷静な人間である」「自分は公平な上司である」「自分は部下思いである」「自分は合理的に判断できる」。こうした自己イメージは、職業人としての自信や一貫性を支えるうえで重要です。しかし、そのイメージを守ろうとするあまり、それに合わない感情や欲求を認められなくなることがあります。

 たとえば、「自分は部下思いの上司である」と思っている人ほど、部下に対するいら立ちや嫉妬を認めにくいかもしれませんし、「自分は冷静で論理的である」と思っている人ほど、自分の恐れや不安に気づきにくいかもしれません。また、「自分は公平なリーダーである」と思っている人ほど、特定の部下を過剰に評価したり、逆に過小評価したりしていることを認めにくいかもしれません。

 リーダーになると、この問題はさらに複雑になります。なぜなら、上司という立場には、強く、正しく、安定していなければならないという圧力がかかりやすいからです。部下の前では迷ってはいけない。弱音を吐いてはいけない。間違いを認めると信頼を失う。こうした思い込みが強くなると、リーダーは自分の不安や迷いを内側に押し込めるようになります。

 しかし、押し込められたものは消えるわけではありません。それは、別の形で現れます。部下への過剰な叱責、細かな管理、反対意見への防衛、失敗への不寛容、特定の部下への過剰な嫌悪などとして表面化します。本人はそれを「正しい指導」「必要な厳しさ」「組織のため」と考えているかもしれません。けれども、そこには自分の影を見ないまま、部下に向けている反応が含まれていることがあります。

 シャドーと向き合うとは、自分の内側にある醜いものを無理にさらけ出すことではありません。また、自分を責め続けることでもありません。むしろ、自分の反応の背後にある感情や恐れに気づき、それを少しずつ引き受けていくことです。リーダーが自分の影に気づくほど、部下に対する反応は少しずつ柔軟になります。自分の内側にあるものを認められる人ほど、他者の未熟さにも成熟した形で向き合えるようになるのです。

影は部下に投影される:なぜ上司は特定の部下に過剰反応するのか

 リーダーが自分の影を見ようとしない時、その影はしばしば部下に投影されます。投影とは、自分の中にある認めがたい感情や性質を、他者の中に見ているかのように感じる働きです。もちろん、部下に実際の課題がないわけではありません。しかし、特定の部下に対して反応が必要以上に強くなる時、そこには上司自身の内面が関わっている可能性があります。

 たとえば、上司が主体性のない部下に強くいら立つとします。その部下には確かに受け身な面があるかもしれません。しかし、上司の反応が過剰である場合、その上司自身が、自分の中にある依存心や助けを求めたい気持ちを強く否定してきた可能性があります。自分は弱音を吐かず、自分で考え、自分で道を切り開いてきた。だからこそ、受け身に見える部下を見ると、自分の中に封じ込めてきた弱さが刺激されるのです。

 また、部下の自己主張に過剰に反応する上司もいます。部下が意見を述べると、素直さがない、生意気だと受け取ってしまう時、その背後には、上司自身が自分の攻撃性や自己主張をうまく扱えていない可能性があります。あるいは、自分が若い頃に自己主張を抑え込んできたために、自由に意見を言う部下を見ると、不快感や嫉妬が生じているのかもしれません。