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福祉という「経済と最も結びつきにくい領域」から出発
前回の記事「日本企業が「よりよいものを、より安く」から抜け出すために」(連載第1回)では、高付加価値とは(物語×体験×世界観)×稀少性という方程式で成り立ち、この方程式を模倣不可能な形で成立させ続けるのが、哲学・歴史・カルチャーという財務諸表に載らない無形資産である——という仮説を提示した。そして、どの無形資産を起点に据えるかによる、高付加価値化の3つのパターンを提示した。今回からはこの方程式を、企業の取り組みに照らして検証していく。
今回取り上げるのは、ヘラルボニーだ。「異彩を、放て。」をミッションに掲げ、障害のある作家によるアート作品をIP(知的財産)として展開し、作家に正当なロイヤリティを支払う仕組みを構築するクリエイティブカンパニーだ。哲学(ミッション・パーパス)を起点とする高付加価値化を現在進行形で体現し続けている企業である。
同社は、福祉という「経済と最も結びつきにくい領域」から出発しながら、百貨店の一等地に店舗を構え、大手企業とのライセンス契約を重ね、2024年にはLVMHイノベーションアワードを日本企業として初めて受賞するに至った。原価構造を大きく変えることなく、提示できる価格の次元を変える。無形資産の働きを、これほど純度高く体現している企業は稀少だ。同社の創業者でありCo-CEOの松田崇弥氏に、ヘラルボニーの実現してきた高付加価値化の実践について話を聞いた。
「障害者のアート」ではなく「ブランド」として届ける
ヘラルボニーのブランド戦略を特徴づけているのは、最初からアート愛好家や福祉関係者を顧客と想定したのではなく、福祉やアートに関心を持たない人を「届けたい相手」として定めたことである。誰の見方を変えたいのかを先に決め、その相手に届ける方法として「ブランド」を選んだ。
その発想の原点は、松田氏が約11年前に母に連れられて訪れた、岩手県花巻市のるんびにい美術館にある。そこで展示されていた障害のある作家たちの作品を前に抱いたのは、同情でも使命感でもなく、「すごい作品であるのに、その価値が十分に伝わっていないのはもったいない」という違和感だったという。重度の知的障害を伴う自閉症がある4歳上の兄を持つ松田氏にとってこの違和感は、障害のある人が社会からどう見られているかという、個人的な問いでもあった。
そこで松田氏が具体的に思い浮かべたのが、 人口約1万人の地元の町で、かつて兄をからかっていた同級生たちだった。
「障害のある人のアート作品を展開しても、地元の同級生は興味を持たないだろう。服も買わないし、アートも買わない。でも彼らはレクサスに乗り、シュプリームを着て、ブルガリの香水をつけている」
つまり、高尚なアートの文脈でも福祉の文脈でもなく、誰もが直感的に価値を理解できる「ブランド」の文脈でなければ、本当に届けたい人には届かない——この認識が、創業前からヘラルボニーの戦略を貫く背骨になっているのだ。
ヘラルボニーは2018年にミッションである「異彩を、放て。」を定めた。そのミッションに込められた意志は、イノベーションを実現するために、まずは福祉業界「外」の理解や共感の獲得を目指す、という宣言だった。
事業モデルとしてライセンスビジネスのモデルを選んだ理由も明快だ。松田氏は前職のオレンジ・アンド・パートナーズで「くまモン」のライセンス事業に携わった経験から、作品をIPとして展開すれば、多様な商品や企業との協業へ広げながら、作家を納期に縛ることなく経済価値を生み出せると考えた。「兄が仮に自分の契約作家だったとして、納期と入稿に追われる日々に巻き込むのではなく、自由に発想し創作する時間を確保できて、なおかつそれがきちんと収入につながる仕組みにしたかった」
ライセンスモデルは、事業を広げるための仕組みであると同時に、作家の創作を守るための仕組みでもあった。福祉の世界の当事者性と、広告業界で培った事業の型。この掛け合わせが、前例のない市場を切り拓く出発点となった。
ブランドに投資することで、哲学を価値へ
ただし、最初から順風満帆だったわけではない。創業初期のヘラルボニーを支えたのは、「あなたの活動を応援したい」と共感してくれる人たちによる寄付にも似た購買だった。だが、それだけでは、ブランドそのものが継続的に選ばれている状態とはいえない。事業を持続させるには、「応援したいから買う」から「欲しいから買う」への移行、つまり共感に対する対価から、ブランド価値への対価への移行が必要になる。いまのヘラルボニーにつながるブランド経営への移行の転機として松田氏が挙げたのが、2024年4月のリブランディングである。
グローバル展開を見据え、クリエイティブディレクターの水野学氏とともに約1年をかけ、ロゴからブランド全体の世界観までを刷新した。「こちらの気持ちだけが変わっても、顧客はついてこない。応援したい人はついてきてくれるが、『パッと見て買いたい』『美しいから買いたい』という感情を生むかは別物だ。『よいこと』だけでは売上は立たない」





