ジーニアスバーはアップルストアの中にあり、アップルの製品やアプリケーションに関して、顧客に技術的なサポートを提供する場所だ。コンセプトそのものがブランド化されていることも大きな要因となって、ジーニアスバーは小売りコンセプトの成功事例のなかでも代表的なものとなっている。また、ブランドを築き、顧客との関係を築く役割を果たしている。

 アップルストアの業績と、アップル・ブランドへのインパクトは驚異的だ。約380店舗の1平方フィートあたりの売上げは5000ドル以上。他の成功している小売業の6倍から10倍だ。平均的な店舗には、1週間に1万8000名ほどが訪れる。さらに重要なのは、アップルストアが同社のブランドを表現し、製品を展示する場となっていることだろう。アップルストアがあれば、アップル製品の体験を店内で提供できない他の小売業者によってブランドを傷つけられることもない。

 またアップルストアは同社のブランドにエネルギーをもたらし、熱心なファンとの新たな接点となる。銀座店が開店したときに、2000人が列をつくったのは象徴的である。

 アップルストア成功の理由はさまざまある。製品、アップル・ブランドとそのファン、店舗の設計、雰囲気、スタッフ、立地などだ。だが、ジーニアスバーはなかでも重要な役割を果たしている。ジーニアスバーには以下に挙げるような特徴があり、それがゆえにうまく機能している。

 第1に、ブランド化されている。他社はジーニアスバーを設置できない。なぜなら、アップルがそのブランドを所有しているからだ。他社は真似することくらいしかできない。

 第2にジーニアスバーには個性がある。ユーモラスで控えめだが、有能で安心感がある。

 第3に、ジーニアスバーのスタッフは、アップルに惚れ込んでいる人々のなかから選ばれている。アップルの製品と哲学をよく知り、信奉している人たちだ。

 第4に、トレーニングは厳しく、「APPLE」の方針にのっとっている。すなわち「顧客に接する(Approach)際には、個人として温かく迎え入れる」、「顧客の問題を理解するため、詳しく調べる(Probe)」、「解決策を提示する(Present)」、「問題に耳を傾ける(Listen)」、「再訪をうながして終了する(End)」。

 第5に、アップルがハードウェアとソフトウェアの両方をつくっているからこそ、同社はジーニアスバーを創造しスタッフを配置できる。

 第6に、個人対個人のアプローチを取るため、顧客との関係を強化できる。

 最後に、ジーニアスバーは、不満で不機嫌な顧客を、熱心なアップル支持者に変えるのは無理な場合でも、少なくとも満足した状態には変える。店舗で不快な思いをして、市場で否定的な意見を述べるかもしれないという状況からは脱却させる。

 こうしたブランド化されたイノベーションを、私は「ブランド化された差別化要因」と呼ぶ。なぜなら、差別化のポイントを確保して、それを伝える方法となるからだ。こうしたポイントは、ブランド化されなければ真似されるかもしれない。また、ジーニアスバーは新たなサブカテゴリーを築く「不可欠なもの」である。そのサブカテゴリーでは、ジーニアスバーのようなサービスを備えていない小売店は、顧客の検討対象から外れる。

 最後に示唆に富むポイントを付け加えておこう。ジーニアスバーは初期にはあまり利用されておらず、なくなってしまう可能性もあった。しかし、アップルストアの生みの親であるロン・ジョンソン(現JCペニーCEO)がハーバード・ビジネス・レビューのインタビューで語ったところによると、戦略的な直感が顧客数に関するデータに勝ったという。ジョンソンはジーニアスバーが、製品の問題によって損なわれた顧客との関係を強化できると気付いた。また、アップルがコンピューター事業を営んでいるのと同時に、顧客との関係による事業を営んでいるのだとも気づいた。その結果、彼はジーニアスバーのコンセプトをあきらめず、やがては利用するのに予約が必要となるほどの人気を獲得して報われたのである。


The Genius Bar — Branding the Innovation,” HBR.org, January 5, 2012.