そこで私は尋ねた。「人を褒めるという立派な仕事ができないのはなぜでしょう。それは道徳や法律、倫理に反するのでしょうか」
「そうは思いません」と彼は認める。
「それが人をいい気分にさせるとは思いませんか」
「それは、そうですね」
「正当な評価を与えられれば、皆のパフォーマンスも向上すると思いませんか」
「そうかもしれない」
「では、説明してください――なぜ、あなたはそれをしようとしないのか」
彼は笑いながら、こう返事をした。「なぜなら、それでは私らしくないからです」
その瞬間、彼を変えることが可能になった。彼は、部下の活躍や会社の発展の可能性を阻害しているだけでなく、彼自身が成功する可能性さえ阻んでいることに気づいたのだ。そして、「自分らしさへの過剰なこだわり」を捨てても、いい加減な人間にはならないことを理解した。
その効果は絶大だった。それから1年も経たないうちに、他人を正当に評価する彼の能力は、ほかの優れたリーダーシップ能力と同レベルにまで向上したのである。
彼はその皮肉な結果を理解した。従業員のことを大切にすればするほど、従業員はますます会社に貢献しようと精を出し、それが彼の利益となるのだ。
ここに興味深い方程式が成り立つ。「自己を抑える」+「他者を尊重する」=「リーダーとしての成功率が上がる」、というわけだ。
自分が変わることに抵抗を感じたら、このことを思い出してほしい。なぜなら、あなたは間違った――そしておそらく、無意味な――「自分らしさ」という概念に固執しているだけなのだから。
HBR.ORG原文:Do You Have an Excessive Need to Be Yourself? July 13, 2009

マーシャル・ゴールドスミス(Marshall Goldsmith)
エグゼクティブ・コーチングの世界的第一人者
ジャック・ウェルチを始め多くの名だたる経営者を指導してきた。代表作に『コーチングの神様が教える「できる人」の法則』(日本経済新聞出版社)などがある。