本誌2013年8月号の特集に合わせ、HBR.ORGから“起業の心得”をテーマに精選した記事をお届けする。第9回は、シリコンバレーで加熱する「起業家のセレブ化」が及ぼす悪影響について。アイデア以外に何も持たない者や、創業者というステータスのみを求める者が急増しているという現状に、ベンチャー支援の経験豊富な筆者が警鐘を鳴らす。
ITベンチャーをもてはやし起業家をセレブのように扱う風潮が、蔓延しつつある。米国におけるその実情を、簡単にまとめてみよう。
●フェイスブック創業の物語を描く長編ハリウッド映画、『ソーシャル・ネットワーク』が制作された。
●アシュトン・カッチャー、ジャスティン・ティンバーレイク、MCハマー、レディーガガ、ジャスティン・ビーバーをはじめ多くのハリウッド・セレブが、新興IT企業に投資し、シリコンバレーで存在感を示している。
●ITベンチャーが雇用拡大に大きな役割を果たしていることから、オバマ政権の主導による「スタートアップ・アメリカ・パートナーシップ」のようなベンチャー支援プログラムが増えている。
●インキュベーターのテックスターズ(TechStars)がニューヨーク支部で運営する起業家育成プログラムを基に、アメリカン・アイドル風の起業家オーディション番組がつくられている(ブルームバーグTV制作)。
●「シリコンバレー」という本格的なリアリティ番組がつくられている(ブラボーTV制作)。
●フェイスブックから始まり、ジンガ、グルーポン、パンドラ、リンクトインなど新興IT企業の上場が急増している。
このように注目を集めた結果、テッククランチが「シリコンバレーの愚か者」と呼ぶ人々が現れている。誰もかれもがエンジェル投資家と化していくなか、起業家精神をもてはやし騒ぎ立てる風潮が勢いを増していくことは間違いない。シリコンバレーの精神が熱狂の火に煽られ蒸発してしまうのを、避けねばならない。そのために、この両刃の剣とも呼べる現象とどう向き合っていけばよいかを考える必要がある。
ITベンチャーがセレブ的な行為とされるのは、なぜ両刃の剣となるのか。この風潮は、世界中から新しい才能の群れをシリコンバレーに引き寄せる。感性豊かな若者たちは、ウォール街の銀行家やハリウッド女優よりも起業家に憧れるようになる。これは間違いなく素晴らしいことだ。世界中で若者が聞かされるどんな物語よりも、シリコンバレーの精神は彼らをやる気にさせる。数カ月前に我々のオフィスを訪れたデンマーク人の起業家たちから、こんな話を聞いた。デンマークで世界を変えたいと望む若者は、周囲の人々からこう諭されるという――「世界を変えたいって、何様のつもり? 落ち着きなさい。ちゃんと学校に行って、就職して、身の程を知りなさい」