DeNAを創業した後、ロンドンでQuipperを立ち上げた渡辺雅之氏の連載最終回。2つの起業を経験しながら、本人は自らを「起業家」と思えないと言う。とはいえ、起業で学んだアントレプレナーにとって大切なこととは、実に単純な教訓であった。
客観的に見てDeNAの起業には成り行きで参加したと言える。Quipperは確かにゼロから始めたが、共通のプロジェクトの実現を夢見て集まった仲間の中で、役割としてマネジメントを担当しているという感覚が強い。だから、世間で言うところの『起業家』と言われると少し違和感があり、気恥ずかしい(あまり褒められたことではないかもしれない)。
僕の中での「起業家」のイメージが、ソフトバンクの孫正義社長、ジョブズ、ビル・ゲイツ、マーク・ザッカーバーグといった、野心と才能に溢れた「カリスマ」を指すものだからかもしれない。

(わたなべ まさゆき)
京都大学在学中から発展途上国20数カ国を渡り歩き、難民支援NPOに住み込みで長期インターンをするなど経済格差や教育問題に強い関心を持つ。卒業後マッキンゼーに入社。1999年に同僚の南場・川田によるDeNA創業に参加し、以来一貫して事業戦略、マーケティング、新規ビジネスを担当。2010年に退職し渡英。ロンドンで学習プラットフォームサービス『Quipper』を創業しCEOを務める
とはいえ、もちろんQuipperのCEOという役割を担う以上、その仕事にベストを尽くしたいと思っている。皆の応援を受け、乗組員たちを乗せて航海に出た船長である以上、誰よりも上手に新大陸を目指す努力を続けるのは最低限の義務だ。
そんな覚悟で毎日を過ごす中で、参考までに僕自身が心がけていることをいくつか書いてみたい。
まず資本主義という仕組みの中でのベンチャー企業だということを強く意識している。これは当たり前のことのように見えて、Quipperの場合には、実は案外難しい。なぜなら教育系サービスの提供は「良いことしているぜ感」がとても強いのだ。一言で言うならやってて気持ちがよい。
やりがいが感じられるという良い面もあるが、ややもすると「良いことしているからいい」「こんなに良いのになぜ使わないのか。おかしい」といった独善的な考えや思考停止に陥りやすい。僕自身、サービス撤退の判断の遅れや過剰な投資など、すでに何度もこの罠にはまっている。
だからこそ理念があることを前提としつつも、組織の運営方針や事業の判断は極端にKPI(カギとなる業績指標)や経済合理性を重視するぐらいで丁度いいし、それが実現に向けた近道だとも考えている。成功のカギとなるであろうゲームなど他業界からのノウハウの注入も、受け入れる側に経済合理性という最低限の共通の土壌が整っていないと、拒否反応が起こり、取り入れるのが難しくなるからだ。
次に、失敗を繰り返すことを想定して運営するようにしている。
事業そのものは成功させるまで頑張るつもりだ。しかし、これだけ死屍累々のデジタル学習というフィールドで、1つひとつの企画を高い確率で当て続けるのは、どう考えても難しい。自分たちだけが特別だと考えるのは、さすがに楽観的すぎる。外す確率が高いことを前提にしつつ、初期投資を抑えてコンパクトに始め、一の矢が駄目でも、二の矢、三の矢を打つべく方向転換の視点を常に持ちながら進めていこうと思う。