こうしたてたいていの場合、市場のスピードが独立事業を上回る。大企業は市場よりも速くイノベーションを起こすことはできないのだ。

 しかし、大企業は市場よりも巧みにイノベーションを起こすことはできる。

 大企業だけが可能なこと、というのがある。なぜなら、技術力、流通チャネルとの関係、規制当局との関係、事業規模など、独自の資産を持っているからだ。私が最近ハーバード・ビジネス・レビューに著した論文「スタートアップ4.0」(本誌2013年8月号)では、こうした真似のしにくい資産と「ちょうどよい」起業家精神を組み合わせることで、力強い成長事業をつくり上げた第4期の企業を描いた。

 また、クラーク・ギルバート、マシュー・アイリング、リチャード・フォスターによる論文「相反する2つの変革を同時に進める法」(本誌2013年6月号)では、破壊的変化を前にして「ケイパビリティ(組織能力)の交換」を活用し、事業の変革に成功した企業について記されている。ケイパビリティの交換とは、新しい成長事業が、従来からのビジネスモデルやマインドセットに強い制約を受けることなく、企業固有のケイパビリティを利用することだ。

 もし、企業が自由で純粋な起業家精神を真剣に求めるなら、完全な自由も真にユニークな組織能力も持たない半端な組織をつくるよりも、ベンチャー企業に投資するべきだ。何か卓越したことを真に成し遂げたいなら、「大規模事業の運営」と「起業家的行動」が激しく対立するという問題に対処しなければならないし、自社固有の組織能力を活用しながら、その能力がもたらす制約にも対処する必要がある(この制約については「イノベーションを阻む、意図せぬ『拘束衣』」も参照)。

 こうした対立により、企業が動くスピードは束縛のないベンチャー企業よりも遅くなる。だが、問題を乗り越えれば、ベンチャーにはできないことが可能となる。


HBR.ORG原文:Innovate Faster or Innovate Better? January 29, 2013

 

スコット・アンソニー(Scott Anthony)
イノサイト マネージング・ディレクター
ダートマス大学の経営学博士・ハーバード・ビジネススクールの経営学修士。主な著書に『明日は誰のものか』(クリステンセンらとの共著)、『イノベーションの解 実践編』(共著)などがある。