ウィーナーによると、思いやりのあるマネジメントはほとんどのマネジャーにとって、自然にできることではないという。実践するためには相手の立場になって考え、その人がどんな悩みを抱えて仕事に来るのか、どんなストレスにさらされているのか、どんな強みや弱みを持っているのかを、時間を費やして理解する必要がある。現在のようなプレッシャーの大きい環境では、そのようなことに時間を割くのは難しい。しかしこの投資は、大工が木材を切る前に寸法を注意深く3回測るようなものだ。こうした「思いやりの時間」を従業員に対して持てば、その人の効率や生産性、パフォーマンスの向上という見返りを得られる(後悔も未然に防げる)、とウィーナーは主張する。これは単なる利他主義ではない。実際、ベントリー大学教授のラジ・シソディアの調査によれば、コンシャス・キャピタリズムを実践する企業は、そうでない企業に比べS&P500指数で10倍上回っていたという。
こうした研究成果が、職場での思いやりへの注目を高める一因になっている。長年の研究が、ようやく小さな変化を生み始めているということだろう。思いやりが企業の収益に間違いなく影響することは、これまで繰り返し示されてきた。マーカス・バッキンガムによる研究では、従業員との絆(エンゲージメント)こそが企業の成功に不可欠であることが示された。思いやりの実践が企業を利することは、他の多くの研究でも明らかとなっている。
コールセンターを運営するアップルツリー(Appletree)の例を見てみよう。従業員のあいだで思いやりの精神を高めようという確固たる意図の下、同社は従業員の希望をかなえる「ドリーム・オン」というプログラムを立ち上げた(訳注:従業員の希望、たとえば「長年離れていた家族と再会したい」「知能に問題を抱えた娘を家族旅行に連れて行きたい」「重病を抱えた夫をフットボールの試合観戦に連れて行きたい」などを叶える取り組み。詳細はこちらの英文サイトを参照)。いわば社内版のメーク・ア・ウィッシュ財団(難病と闘う子どもの夢を支援するボランティア団体)のようなものだ。CEOのジョン・ラトリフは、この取り組みによって同社の文化が変わったという(コールセンターは離職率が高いことで有名である。一日中、顧客の不満を聞かなければならないのがその大きな理由だ)。従業員はドリーム・オンのプログラムを通じて、日々お互いへの思いやりを表明し合うことになった。その結果、同社の離職率は6カ月のあいだに97%から33%に減少した。
スタンフォード大学のセンター・フォー・コンパッションの共同ディレクターであるエマ・セッパラの研究によれば、思いやりは従業員の幸福感と健康状態を高めるという。これも企業の収益に大きく寄与する要因だ。私のよき友人である精神科医のエドワード・ハロウェルの著書Connectによれば、私たちは思いやりをもって人と関わるとよりよい気分になり、必要な時に他人が手を貸してくれることも多くなるという。どんなに強く見える人でも、いつかは誰かの助けが必要になる。
私には何となく感じていることがある。ただの勘ではあるが、多くの人はシニシズムに疲れているのではないだろうか。メディアからは、悪いニュースが受け止めきれないほど流れてくる。そうなると、私たちには多くの場合2つの選択肢しかない。皮肉屋になって自分だけの満足感に浸るか、あるいは、悪いものを改善しようと試みるか。私が知る賢明な人々の多くが、両方を少しずつ行いながら、みずからの皮肉な面と闘っている。職場や世界で、何か価値のあるものに取り組もうと努力している。それを始める最もよい方法は、黄金律を毎時間実践することではないだろうか。
もちろん、生まれつき他人より思いやりと共感力に富む人はいる。だが、そうでない人にもよい知らせがある。「思いやりの筋肉」を鍛えることは可能である、ということだ。そうすることで、より優れたマネジャーにもなれる。ウィスコンシン大学マジソン校ワイズマン・センターの、心の健康調査センター(Center for Investigating Healthy Minds)の研究によれば、「思いやりの瞑想」に取り組むと利他的な感覚が増大することが観察されたという。思いやりの瞑想とは、自分も含めたさまざまなタイプの人に対して、思いやりを感じる練習をすることだ。
私にとっては、これは素晴らしい知らせだ。思いやりの訓練をいますぐに始め、多く取り組むほど、よりいっそう思いやりを発揮できるのだ。私たちは人生の多くの時間を職場で過ごしているのだから、まずは職場で隣の席にいる人に対して始めるのが最もよいだろう。
HBR.ORG原文:The Rise of Compassionate Management (Finally) September 18, 2013

ブロンウィン・フライアー(Bronwyn Fryer)
HBR.ORGの寄稿編集者。