――しかし、新興国に経営資源を投入すると、日本市場が疎かになりませんか。
両者はトレードオフではありません。人材面で言えば、「日本のエースを新興国に送ると日本市場が総崩れになる」という不安が杞憂だったことは、ユニチャームの成功例で明らかです。日本市場で1000億円の事業を1005億円にするのは、それなりに優秀な人であれば難しいことではありません。日本市場は、エース以外の人材で十分守れます。
一方、規模が小さくても急拡大する市場でシェアを取るには、卓越した能力が必要です。10億円の事業を300億円にするのは、エース級の人材でなければ不可能なのです。エースを新興国の市場に送るには、人事評価基準の見直しが不可欠です。既存事業を任せられる人よりも、0から1を生み出す人が評価される文化にすべきです。この重要な意思決定は、経営者しかできません。
新興国に進出する目的は企業成長の促進のみならず、次世代の経営幹部となる若手エースに機会を与えることでもあります。戦後の日本市場はチャレンジの機会が多く、課題を克服することで成長できましたが、今の日本にはその機会がありません。新興国市場で経験を積ませることが、経営人材を育てることにつながるのです。
日本企業の経営者は、10年後の世界経済を想像しなければなりません。2025年には、GDPの順位が激変します。圧倒的な1位が中国、2位がアメリカ、3位がインド、4位にようやく日本が入ります。6位あたりにブラジルやインドネシアが入るなど、かつては想像もしなかった国が日本に追いつき、追い抜こうとしているのです。BRICSの次、トルコ、メキシコ、インドネシア、アフリカ諸国といった次世代の新興国が台頭を始めています。こうなると、日本市場を守り抜くだけでは、成長どころか存続すら危うい。新興国に進出するかしないかの問題ではなく、もはやミッションなのです。
進出が大前提になるとすれば、投資先は「2つの物差し」で決めるべきです。1つ目はマクロエコノミクスです。経済成長率、GDP、規制の緩さ。表面的な指標ですが、やはりしっかりと見なければなりません。2つ目は競合相手の属性です。欧米の強大なグローバル企業が掌握している市場に参入するのは困難だと考える経営者もいますが、私はむしろ可能性があると考えます。欧米企業の工夫は、日本企業の常識の範囲内だからです。
最も困難なのは、地場企業が市場を押さえているケースです。10分の1のコスト、政府の保護、予測もつかないビジネスモデル……こうした市場への参入障壁は高い。たとえば、家電製品でチャンスがあるのはインド、ブラジル、インドネシア、手遅れなのが中国です。中国はハイアール(海爾)、ファーウェイ(華為)などの勢いがすさまじく、日本企業に勝ち目はありません。市場の進化のステージを調べることは、非常に重要なのです。