歴史と経営者

 ただ、ここに非対称性がある。信頼できない企業はすぐに分かるが、その反面、信頼できる企業かどうかは、簡単には分からない。なぜなら、営利企業は利益を生むことを目的の1つとして持つからである。「結局、儲けのためなのではないか」という消費者の勘繰りを超え、信頼を勝ち得た企業は、どのように伝えたのか。先生はこう仰った。

「それは歴史と経営者が大きいと思います。経営者がある面で非常に独立した哲学を持っているとかね。そういうのが案外重要かもしれないね」

 先生はジョブズや日本の小倉昌男さんに言及された。「独立した哲学」とは、すなわち「利」から独立した哲学である。カントの言葉に沿って言うなら、法則(哲学)をそれ自体として志向することだけが、価格に還元できない尊敬を生む。別の目的(「利」)のための手段としてではなく、哲学そのものをその価値ゆえに志向する意図こそが、消費者からの尊敬を生むのである。ジョブズは、「利」を得る手段としてではなく、「機械と人間との豊かな関係」という哲学を、それ自体が価値あるものとして志向したのである(注2)

 そして、その経営者の意図が表出した例として、従業員(トヨタの真面目な従業員)、社是(住友財閥の「浮利を追わず」)にも先生は触れられた。企業によって、信頼を勝ち得るために使える要素、接点は異なる。ただ、それを消費者に記憶させる手段として、物語については、特に重点を置いて先生は話された。

「その会社にまつわる神話、ストーリーというのがあったら非常に大きいと思います。そうすると会社というのは、本当に物語の主人公として、それは我々が小説を読んでね、有名な小説の主人公について、本当に生きた存在のように我々は語るわけだけど、それと同じようなこと。いいストーリーを作るとか、いい自伝を作るとか、人間っていうのは自伝ですよ、ほとんど。それを会社も持つというのは非常に重要かもしれない」

 人は情報を記憶する際、物語の形を取って来た。琵琶法師に人は垣をなし、南米のアマゾンでは、星の下で「語り部」を囲む(注3)。仏陀にせよ、キリストにせよ、彼らの経典は物語形式であり、その教えが箇条書きになっているわけではない。それが感情を掻き立て、もっとも記憶に残る情報のインプットの仕方であるからだ。客を利益として「のみ」みるのではなく、目的を持つものとして尊重する企業の意図は、物語を通して語られた場合、もっとも深く記憶される。

 ここで先生は、売り手と買い手とが共同で創るストーリー、つまりコンテクストへと論を進められた。それは、客との信頼関係をさらに強める方法である。カントの哲学から、居酒屋へ。暖簾をくぐれば、そこには、グーグルの逆説がまた顔を出す。