コンテクストの作り方

 この「居酒屋モデル」の成功例として、スターバックスを取り上げる。コーヒーの匂いの中、「共通の記憶」としてのコンテクストが編まれている。カントが言うように、事例とは、そこから理論を導くものではなく、理論を伝えるために用いる場合にのみ価値を持つ。

 コーヒー豆の質も、その店舗も、イタリア風の商品名も簡単に模倣される。雇用形態のような仕組みも同様である。スターバックスが競合に差をつけているのは、その従業員においてである。では、スターバックスの店員が、他の同業者と印象が違うのは、なぜであろうか。

 それは従業員が顧客を記憶することにオープンだからである。そして記憶していることを客に知らせる些細な会話をするからである。「いつも朝お早いですね」「スコーンは温めず、そのままお出ししますね」。自分の過去を店員が知っていること、そして彼女が知っているということを、また自分が知ること。お互いが「共通の記憶」を持つことを確認し合うことで、コンテクストが表出する。自動販売機のように客を扱う店と、互いの「共通の記憶」を作り出す店員のいる店、どちらに信頼を置くかは明白である。

 そして、このコンテクスト作りは、必ずしも従業員を持つサービス業に限られたものではない。売り手と買い手が「共通の記憶」を編むことは、ウェブにより容易になっている。

 アマゾンのカスタマー・レビューもその一例である。「あなたのレビューを28人の人が参考になったと答えています」と表示された時、その本を読んだ記憶は自分の日記に付けた読書日記とは異なる価値を持つ。そこではアマゾンとの交換の場に、他の客が現れ、互いの自伝が織り合わされる。結果、仕組みをもたらしたアマゾンと強い結びつきが作られる。

 利益「だけ」を追求する企業ではないことを物語で伝え、信頼を得る。そして「共通の記憶」であるコンテクスト作りに投資し、その信頼を強める。ただ、それだけでは、特別な会社にはなれない。その会社との交換が熱狂を生み、夜中から新商品を待ちわびて、街灯の下に並ばせることは出来ない。マニアを生まない。

 どうすれば消費者から信任・信託されるだけでなく、特別な会社となれるのだろうか。ジョブズが一代で築いたアップルが、「アップルマニア」を生み、世界中の消費者にとって特別な存在となったようにである。