前者の方法は、どの競争要素についても特徴のない、中途半端なものになってしまう危険性がある。後者の方法は、1つのレストランのなかで個々の活動、取組が整合的ではなく、矛盾を生んでしまうという危険性がある。

 どちらの方法が、スタック・イン・ザ・ミドルに陥ることなく、二兎戦略を成功させるのだろうか。はっきりしたことは言えないが、「俺の○○○」は後者の方法、つまり異なる価値を追求する競争要素を組み合わせる方法をとっているようだ。では、「俺の○○○」では諸活動、取り組みが整合的でないにもかかわらず、問題が生まれないのはなぜだろうか。それは、単に異質な価値を追求する競争要素をなんとなく組み合わせているのではなく、顧客がもっとも本質的な価値だと感じる競争要素で特徴を出しているからではないだろうか。レストランの顧客がもっとも本質的な価値と感じるのは、料理であろう。料理をよくするために、有名シェフを雇い、トリュフ、フォアグラ、オマール海老といった高級食材を「じゃぶじゃぶ」使うなど、とりわけ(高級化の方向で)特徴を際立たせている。

 「俺の○○○」では、看板シェフの個性が生かされた料理が供される。店舗の外にはシェフの大きな写真が貼り出されて客の目を引く。また、飲食業界では、フード原価率は通常25~30%であるといわれているが、「俺のイタリアン」の平均のフード原価率は40%超、「俺のフレンチ」に至っては60%を超える店舗もあるという。つまり、「低価格だが料理は高級」だから人気を博しているのである。これが、「低価格だけれども内装が素晴らしい」というのであれば、一時的には話題になるかもしれないが、人気が長続きはしないであろう。

 さらに、「俺の○○○」では、差別化された高級料理を低価格で提供するために、細かな活動がシステマティックに組み上げられている。すなわち、フード原価率は圧倒的に高いが、客の回転率を高めることで、低価格でも売り上げを伸ばし、損益分岐点をクリアする。フード原価率88%でも赤字にならないという計算もあるという。客の回転率が高く、売上が大きければ、たとえ高級食材であっても大量調達によってコストを下げることができる。さらに、客の回転を速くするために、着席で落ち着いて食事をするのではなく、立ち席で客が長居できないようになっているのである。

 つまり、成功する二兎戦略とは、各競争要素でトレードオフである2つの価値を中途半端に追求するのではなく、異なる価値を各競争要素で徹底して追求し、それを組み合わすことによって、2つの価値の適切なバランスを達成すると考えられるのである。その際注意すべきは、もっとも重要である競争要素で、自社の特徴を際立たせることである。さらに、ある要素で一方の価値を際立たせるからといって、それがもう一方の価値を極端に低下させないように、さまざまな活動を組み合わせて工夫することも必要であろう。

(注)「標準化と独自性のトレード・オフをいかに解決するか」、DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2011年2月号内―