組織の原動力は人であり、組織のパフォーマンスを高めるには、個人の成長が欠かせない。成人の成長に関する研究を続けてきた、ハーバード大学のロバート・キーガン教授は、近著『なぜ人と組織は変われないのか』(英治出版、2013年)のなかで、「人は変革を望みながら、無意識に変革を拒んでいる」と語る。自己変革を起こして成長するために、どのように無意識を意識して立ち向かえばよいか、話を聞いた。

自己変革を助ける「免疫マップ」

――成人が成長するとは、どういうことを指すのでしょうか。

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Robert Kegan(ロバート・キーガン)
1946年生まれ。発達心理学者。ハーバード大学教育大学院教授。専門は成人学習と職業発達論。30年以上にわたる研究・執筆活動を通じて、人は成人以降も心理面での成長が可能であることを示してきた。主な著書に “Immunity to change,” Harvard Business Press, 2009.(邦訳『なぜ人と組織は変われないのか』英治出版、2013年。リサ・ラスコウ・レイヒーとの共著)、 “Change Leadership,” Jossey-Bass, 2006.(未訳。トニー・ワグナーとの共著)などがある。

 私はこの30年間、成人学習について研究を続けてきました。以前は、人間の成長は青年期に達するまでと考えられていました。肉体的成長と同様に、知的成長、心理的成長も25歳を超えたら成長することはない、ということです。しかし実際には、肉体的成長が止まっても、知的成長、心理的成長は可能であるということがわかってきました。
 それではどのような時に成長が起きるのでしょうか。それは、今まで思考や感覚の面で見ることができなかった、あるいは見ようとしなかったものが見えるようになった時に起こります。すなわち、成長というのは一歩引いて、自分自身をより大きな視点から見つめ直すことで起こるものなのです。
 日頃、私たちは「自分はこう考える」「私はこうしたい」ということを言ったり感じたりしています。これは自分が意識していることだと考えられます。しかし、実際には自分自身が感じていない、認知できない思考や感覚というものが隠されています。そして私たちの行動の一部には、こうした認知できない思考や感覚に支配されている面があるのです。それだけでなく、自分自身が意識して取っている行動の裏にも、無意識の思考や感覚が隠されていることも往々にしてあります。この認知していない部分を知ることこそが、人間の成長なのです。

――成長を望んだ時、どうすれば成長できるでしょうか。

 私たちが開発した「免疫マップ」が有効です。何とかして、私たちを動かしている思考や感覚を客観視できるようにしたいと考えてつくりあげたものです。フロイトも、心理学は理論であると言いながら実践を多く行ってきました。私のチームも、成人学習の理論構築に努めながらも、成人の方々が成長していく支援ができるような実践にも力を注いできました。
 免疫マップは4つの柱から成ります。
 1つ目は改善目標です。たとえば「自分の仕事の一部を他人に任せ、より重要な課題に集中したい」というのは、リーダーにとってはよくある改善目標のひとつです。
 2つ目が阻害行動です。実際にどのような行動が、改善目標の達成を妨げているのかを列挙するのです。前述の改善目標に対する阻害行動としては、「すぐに新しいことに手を出して仕事を増やす」「力を貸してほしいと頼めない」といった行動があるでしょう。
 3つ目が裏の目標です。これは、阻害行動を取ることで達成される隠された目標です。なぜ阻害行動を取ってしまうのか、考えてみれば浮かび上がってくると思います。「他人に依存せず、万能でありたい」「自己犠牲の精神の持ち主でありたい」といった要素があるでしょう。「人に助力を求めない」という阻害行動を取ることで、「自分に万能感を覚える」という裏の目標が達成されるわけです。
 3つ目の柱までは、多くの人が簡単に気づくことができるでしょう。しかし、裏の目標があるために阻害行動を改善しようとしても、なかなかうまくいくものではありません。重要なのは、4つ目の柱、すなわち強力な固定観念です。裏の目標には理由があります。「なぜ万能でなければならないのか」「自己犠牲が重要なのか」といったことを深く考えることです。そうすると見つめたくない現実が浮かび上がってきて、ショックを受ける人もいるでしょう。「人に頼ってしまえば自尊心が失われる」「自分を最優先に行動したら、薄っぺらな人間になり人から嫌われる」といった、阻害行動をもたらす真の理由がそこに隠れているのです。
 しかし、その固定観念は本当に正しいものでしょうか。誤った固定観念に縛られたままでは成長はできません。そこから一歩外に踏み出し、その固定観念を覆すことで人は成長するのだと思います。