アマゾンは2014年から、物流センターの従業員を対象に退職ボーナス制度(Pay-to-Quit)を開始した。給与からの天引きではなく、早期退職の奨励とも違うが、退職を検討している従業員の背中を押すことにはなる。その狙いや影響、得られる示唆を『ファストカンパニー』の共同創刊者テイラーが読み解く。
2014年4月、アマゾンの創業者兼CEOジェフ・ベゾスは今年度の「株主への手紙」(Letter to Shareholders)を公開した(PDFはこちらから)。例年と同じように、そこでは顧客志向のサービス(アマゾンプライム)、画期的なテクノロジー(ファイアーTV)、急成長している製品・サービス(アマゾンウェブサービス)などに関するアイデアや取り組みが紹介され、同社の戦略の一貫性も強調されている。ベゾスの意気込みが伝わってくる内容だ。(ベゾスは最初の「株主への手紙」である1997年版を、以降毎年の手紙の末尾に付けている。コミットメントが長期的であることを示すためだ。)
しかし今回の手紙の中で最も注目を集めたのは、最先端のイノベーションの数々ではなかった。以前から存在しており、目立たない、しかも子会社から拝借してきたアイデアだ。それは「Pay to Quit」と名付けられた制度で、物流センターの社員を対象とした退職ボーナスである。この制度を受ける機会は年に1度提示され、初年度の支給額は2000ドル。その額は上限の5000ドルになるまで、毎年1000ドルずつ上積みされていく(注:告知文の冒頭には「このオファーを受けないでください」と書かれ、退社を奨励しているわけではないことが示されている)。
似たような制度を耳にしたことがある人もいるかもしれない。これは、ザッポスが数年前から実施している制度なのだ。ラスベガスを本拠とする同社は、徹底した顧客サービスで名高いeコマース企業である。創業者のトニー・シェイとザッポス社員はこの制度を「オファー」と呼んでいる。綿密な新人研修を終えた新入社員に提示され、サービス担当者だけでなく全部門の新入社員が対象となる。支給額は最初100ドルであったが、やがて500ドル、1000ドルと上積みされ、現在では給与1カ月分の退職ボーナスが支払われている。2009年にアマゾンはザッポスを買収し、このたびジェフ・ベゾスは子会社のアイデアの一部を自分の巨大組織に適用したわけだ。
このような退職ボーナスの普及について、どう考えればいいだろうか。新人社員にとって、この制度のおかげで会社を離れ次の段階に進むことが容易になり、魅力的な選択肢にさえなる。トニー・シェイやジェフ・ベゾスのような名高いイノベーターが、労力をかけて採用した人材に対してこのような制度を適用したのはなぜなのか。
第一の(そして最も明白な)理由は、「不満のある社員は会社のためにならない」ということだ。ベゾスが手紙に書いたように「長い目で見れば、社員が不満を抱えたまま働き続けることは、社員自身にとっても会社にとっても健全ではない」のだ。誤解しないでほしいのだが、私はこの制度を使って退職した社員や、この制度を採用している組織を非難しているのではない。偉大な企業が偉大である理由は、きわめてユニークなこだわりを持っているからに他ならず、そのような職場は万人向けではない。外交的で、時に芝居がかっているとさえ思える社風のザッポスや、意欲的で真面目な文化を持つアマゾンでうまくやっていくには、相応の性格や資質が求められる。相性が悪ければ、無理して残る理由などない。