視点5:PR発想とは、「大喜利」である。
笑いを獲る、ではありません(そういうこともありますが)。要はスピード。記者との応対にしても、SNS上の返信にしても「じっくり考えて来週までに」とは問屋がおろしません。1秒で返信を、とは申しませんが、「今日の今日で返す」がPR発想。もちろん「具体的な言葉で」です。このスピード感も広告発想とかなり違うかもしれません。広告の基本は、キチンと時間をかけて練り上げるもの(当然です)。一方ネット社会では「いつでもβ版」と堂々と宣言されるあたりに、こうしたスピード感を感じざるを得ません。PR発想が広告業界、マーケティング業界により必要とされ始めているな、と痛感します。
また、どんなお題が降ってくるのか、その場まで分からないのも大喜利と称した所以です。担当させていただいている商品や企業の情報をどこまで熟知しているのか。それを誤解のないように分かりやすく、かつ端的に表記できるのか。自分の知識量の足りなさや、語彙の貧困さに直面せざるを得ません。日曜日の夕方は、一般的に云われている意味とはまた別の視点でため息をつくこともしばしばです。
視点6:PR発想とは、「モノマネ」である。
マーケティングPRよりも、コーポレートPRの実務に携わるようになって思いを強くしている項目がこちら。顕わになるのは、トップをはじめとするスピーチ原稿の草稿を作成する作業を行う時です。
話を聞く側に立ってみるとそうですが、社長が話し始めて1分もしないうちに、「なーんだ、事務方が書いている原稿を棒読みしているだけじゃないの??」なんて疑念がむくむくと湧いてくるようなケース、あるように思います。もちろん、原稿の骨子自体は間違ってないし、スピーチ、プレゼンテーションされる方の意志やご要望がきちんと反映されているに決まっています。しかしどうしてなのか、血の通ってない印象を受けてしまうことがある。PR発想に基づくスピーチ原稿書きでは、モノマネの精神が効果的。Tips的にはなりますが、プレゼンターのしゃべり癖、よくおっしゃるフレーズを原稿の中に取り込むだけで、グッと変わってきたりするものです。
こうしたモノマネの対象は、情報発信側だけではありません。相対する社会、生活者側をモノマネするのも必須の視点。いまメディアの中ではやっている言葉は何か? その言葉と担当商品を絡められないか? 旬のネタをクライアントに絡ませるのはまだまだ初級編。凄いモノマネ芸人さんは、声や振る舞いが似ていることは当然として、しゃべっている内容が本人のそれとは全然違うことであっても、うまく合体させている芸を拝見することがあります。そうした芸が成立するのは、表面的な声などの表現だけではなく、モノマネ対象者の思考や人格を奥深いところで把握、理解しているからだと思うのです。PR発想には、対象をどこまでも見つめ通す、モノマネ芸人のような観察力も必要です。
視点7:PR発想とは、「演劇的」である。
ここまで6つの視点として、PR発想のヒントを提示してきました。最後は総まとめ。私論の試論ながら、「PR発想とは演劇的だ」と考えています。
まずは観客と舞台を結び、捉えて離さない磁石を作らなければなりません。演劇の主題をどうするか、客が入るかどうかを考えなければならない。新旧のファンを満足させられるテーマだろうか? テーマが決まれば配役も。主役俳優は誰にするのか? そして大事なストーリー。観客を喜怒哀楽の渦に巻き込みたいのは当然で、こうした大きな流れと同時に一つひとつの台詞を書かなければなりません。ハムレットじゃありませんが名作には名台詞が付き物。人に覚えてもらってこその名台詞ですから、文字数だって限られます。
マーケティングPRにせよ、コーポレートPRにせよ、PRの実務にはライブの側面が多くあります。時にはアドリブも必要でしょう。また初日からの反省なども踏まえて、楽日に向かって舞台は成長していくものでもあります。日本人俳優がイギリス人役を演じるように、見た目だけではない本質を捉えることも大事なことです。
舞台は映画のように再撮影、再編集ができません。生きた人間が生身でやることですから、哀しいながらも調子の良し悪しもあるでしょう。初日の翌朝、劇評に一喜一憂するのはシェイクスピアの昔から21世紀まで変わらないようです。場合によっては不評も頂戴するでしょうが、目指すはロングラン! です。
(※編集部注:本記事は、日本広告業協会(JAAA)第43回懸賞論文入選作を基に再構成したものです。)