戦略を立てる必要の無いまま成功を繰り返した結果、経営能力のないマネジメントが経営をしている状態になったのである。より正確に言えば、企業経営をしているように見えていただけで、その実、経営戦略というものは、そもそもなかったのではないか。その意味で日本の家電産業が抱える問題は「戦略不在」になれすぎた状態を、いかに克服するかである。それは深刻な問題だが、複雑な問題ではない。むしろ、戦略の基本に立ち返ることが重要なのである。
MIT(マサチューセッツ工科大学)のMOT(技術経営)プログラムでは、企業が技術や新たな製品コンセプトに基づいて価値創造(Value Creation)ができても、創造した価値から収益ができない、すなわち価値獲得(Value Capture)ができない現象が指摘されていた(価値創造、価値獲得の議論は延岡健太郎(2006)『MOT[技術経営]入門』日本経済新聞社刊に詳しい。)。企業が考えるべき戦略は新たな製品を産み出すだけでなく、作った製品からそれに見合う収益を得るための仕組みが必要であるという。単に製品開発の組織やプロセスを個別に見るだけでは、必ずしも効果的な製品開発のマネジメントにはつながらないという発想は、ハーバード・ビジネス・スクールの故アバナシー教授の『生産性のジレンマ』にも示されている。
価値を供給側の視点で考えすぎたという反省から、今度はマーケティング活動を中心に顧客が欲しいものを素直に作ろうとするが、上手くいった日本メーカーは今のところ存在しないのではないか。価値は、市場で消費者の購買行動を通じて決定されるもので、顧客の志向を無視してはならない。しかし、顧客の意見に耳を傾け、それを単に商品化するというのでは、商品戦略の策定を経営者が消費者に放り出しただけである。重要なのは、企業が持っている技術やノウハウを上手に顧客が欲しくなりそうな製品コンセプトと結びつけることである。こうした、企業内部の資源と消費者のニーズを結びつける活動は統合(Integration)と呼ばれ、マーケティング論の領域では、統合は、市場ニーズを上手く製品コンセプト創造に取り入れる手段と捉えている。こうした活動がマーケット・イン、あるいは需要プルと呼ばれる市場が製品コンセプト立案を主導する製品開発のスタイルである。
しかし、先のHBSのアバナシー教授の「生産性のジレンマ」の議論以降、技術経営の領域では、イノベーションや技術革新というものは常に一様なものではなく、製品カテゴリーの属性、製品技術の成熟度などによって、とるべき技術戦略は異なると考えられている。マーケティング論で言われるようなマーケット・イン戦略が有効なのは、技術や市場が漸進的(Incremental)に変化している局面であって、技術や市場に大きな変化が生じた時には、企業側の役割がより重要だと考えられている。いわゆるプロダクト・アウト、あるいは技術プッシュと言われる供給サイドから発生するイノベーションである。一般的に、経営学者、マーケティング学者がともに主張することは、単純なプロダクト・アウト、技術プッシュは、ニーズと統合されている保証がないので採るべき手段ではない。しかし、こうした主張は、技術開発だけが価値創造の手段であると思い込んでいるメーカーに対しての警告であって、技術サイドから顧客ニーズにアプローチすることが絶対悪ではない。大切なことは、結果として、企業側の技術活動と市場の顧客ニーズが統合されていればよいのである。