「技術」があれば他社に勝てるか
そもそも、製造業がなぜ技術開発を大切にするのか。それは技術が差別化戦略の主要な手段だからである。差別化戦略とは、製品の価格以外の要素で、他社の製品に対して競争優位を確立する手段である。技術的に競合製品より優れていたとしても、それだけでは差別化戦略とは言えない。技術的な差によって、競合製品よりも自社製品が顧客に選択され、企業に収益をもたらして初めて、差別化戦略となる。しかし、本来手段であったはずの「技術」が日本の製造業においては目的化してしまった。技術的な優位性さえ示すことができれば、優れた事業プランができると社内的に正当化されてきた風潮すらある。しかし、これらは差別化戦略の条件を十分に満たしているとは言えない。
日本の家電産業はほとんどの製品分野で、「優れた技術の差」はあっても「差別化戦略」は実行できていない。液晶テレビでいえば、ここ数年で、パネルの解像度はWXGAからフルHDへ、さらには4Kへ進化しており、3Dテレビも登場した。スマートTVというネットコンテンツを便利に使うことができるものも北米市場を中心に普及が進んでいる。しかし、新たな技術を投入して価格が上がったという話は聞かない。
1999年、ソニーのテレビ事業は同社の稼ぎ頭で、世界のテレビ市場1位のメーカーであった。市場シェアは約9.9%、当時世界のテレビ市場は約1億台のマーケットだったので、ソニーは約1000万台のテレビを販売していたことになる。2004年を境に同社のテレビ事業は赤字が続いており、世界シェアも3位に落ちている。それでもシェアは約9.4%、市場規模は倍以上の約2億5000万台なので、同社の販売台数は2倍強に増えているが、10年前の倍の数の製品を売っても儲からない状況に陥っている。つまり、日本の家電業界は「売れてもそれに見合う利益が得られない」ことが問題となっているのだ。
これは、いわゆるコモディティ化の問題である。コモディティ化とは価格のみが唯一の購買意思決定要因となっている市場を指し、価格以外の購買意思決定要因を産み出そうとする差別化戦略とは対義語の関係にある。コモディティ化が生じた市場では、従来の価値次元での機能・性能競争が機能しないので、更なる機能進化、更なる性能進化ではそもそも何の解決にもならない。むしろ、研究開発費という固定費を上昇させ、営業利益率を悪化させるため、事業成果という観点ではマイナスにしかならない。
しかし、日本の多くの家電メーカーは、機能・性能競争という、業界内だけの差別化競争に邁進してしまった。これが、この10数年間の家電メーカーの失敗のメカニズムといえよう。この失敗には2つの要因がある。ひとつは、製品価値を供給側の論理で考えすぎたことである。「これだけの技術進化が伴った製品だから、市場で負けるはずがない」というのはメーカー側の理屈であって、消費者がそれを素直に受け入れるとは限らない。もうひとつの要因は、長年にわたって日本の家電業界は、技術的進歩が製品価値の向上に直結するビジネスになれすぎてしまい、技術を進歩させること以外の戦略立案に疎くなってしまったことである。考え抜いた様々な戦略が効かないという戦略不全の問題は、経営者に戦略立案をする経営能力があっても、「その戦略が十分に機能しない」ということである。