投資銀行は高給を提示して才能のある科学者やエンジニアを引き付け、より複雑な金融商品の開発に当たらせている。しかしそれらの金融商品は、特定の社会問題を解決しているわけではない。同様に、大企業で起業家的エネルギーが高まっても、それが重要な問題の解決策を見つけ出すことに注がれないおそれがある。そのエネルギーが向かう方向はむしろ、自分のしていることや考えていることを秒刻みで世間に発信するための、より独創的な方法を見つけることだったりする(ナルシズムへの執着)。あるいは潜在顧客に高度なターゲット広告を発信するための、より精緻なデータ選別法かもしれない(広告への執着)。
そこから得られる報酬は明白だ。創業から6年の新興企業、タンブラーを10億ドルでヤフーに売却したデイビッド・カープは大いに称賛された。フェイスブックとツイッターの評価額の合計は1500億ドルに上る。これらの企業にはたしかに大きな有用性があり、かつ「アラブの春」ではきわめて重要な役割を果たしたと評価されている。だが、その後に続いた共有サイトの波――ピンタレスト、スナップ・チャットやインスタグラムについてはどうだろう。今後もさらに続くであろう、似たような新興企業はどうだろうか。
大きなインパクトを及ぼしうる企業でも、トップクラスの起業家的才能を持つ人材を獲得できなければ、苦戦を重ねた末にイノベーションの取り組みを断念する事態が増えていくかもしれない。困難な取り組みを続ける代わりに上記のような流行を追うことにすれば、どれほど経営幹部の気が楽になるだろう。そう考えるとぞっとする。
このわかりやすい潮流から抜け出すことは容易でない。企業のリーダーたるもの、大きなインパクトを生むイノベーションの取り組みが歓迎される組織をつくる必要がある。識者であれば、新興企業のスピーディな成功に浴びせる賛辞とせめて同程度の関心を、イノベーションがもたらす長期的なインパクトに向けるべきだ。しかしどうすれば実現できるのか。もっと大きな視野で考えられないものだろうか?
ここで、提案したいことが2つある。第一に、イノベーションを称えるためにノーベル賞級の権威ある賞を創設し、世界を変えるようなアイデアを商業化した起業家に与えてはどうだろう。「最もイノベーティブな企業」を表彰する比較的知られた賞はいくつかあるが、個人の重要な貢献を称える有名な賞は1つも存在しない。そうした賞にはおそらく、ビル&メリンダ・ゲイツ財団やクリントン・グローバル・イニシアチブからの出資、そしてクレイトン・クリステンセンやリタ・ギュンター・マグレイスといった世界トップレベルの学者たちからのサポートが期待できるだろう。
もっと大胆な提案もある。企業がイノベーションにどれほど投資したか、そしてリスク調整後のイノベーション・ポートフォリオの価値について、投資家が企業に報告を要求するのはどうだろう。現時点では、企業のイノベーション能力を投資家の観点で測定する最良の指標は、フォーブス誌の「イノベーション・プレミアム」である(関連記事)。これは「より大きな収益源を生み出す新しい製品・サービスの立ち上げと新市場への参入に対する投資家の期待に基づいて、株式市場が企業に与えるプレミアム」を算出するものだ。
測定できるものは、管理できる。そしてイノベーションが企業の長期的な成功の秘訣であることは周知である。ならば、投資家は出資先の企業のイノベーションの取り組みをもっとよく見えるよう促すべきではないか。そうすれば、企業リーダーはイノベーションに注力せざるをえなくなる。のみならず、トップクラスの人材に、みずからの影響力を最大限発揮できる場所を示すことにもなる。
誤った方向に進む可能性を現実的な視点で検討することは、一見目に見えないが成功を阻む地雷を浮かび上がらせる有益な方法だ。チャーリーが描いた「イノベーションによる荒廃の世界」を回避するために、他に何ができるだろうか。
HBR.ORG原文:Getting Beyond the Narcissism/Advertising Complex December 12, 2013
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スコット・アンソニー(Scott Anthony)
イノサイトのマネージング・パートナー。
同社はクレイトン・クリステンセンとマーク・ジョンソンの共同創設によるコンサルティング会社。企業のイノベーションと成長事業を支援している。主な著書に『イノベーションの最終解』(クリステンセンらとの共著)、『イノベーションの解 実践編』(ジョンソンらとの共著)などがある。