求められる部下の本気度をみた目標設定
さて、このアトキンソンの達成動機理論は、仕事上の目標設定の場面にどのような示唆をもたらしているのだろうか。まず最も重要なインプリケーションは、上司は部下の本気度を見極め、どのようなリスクの課題を与えたらよいかを判断する必要があるということである。すなわち、部下が「本気で」現在の仕事やプロジェクトを成功させたいと考えている場合、上司は、部下本人が成功:失敗の比率を50:50と感じられる困難度の目標を設定すべきである。
言い換えると、この手の部下は、誰もが失敗するようなリスクの高い課題や誰もが成し遂げられる容易な課題に対して、達成に向けたモチベーションを維持できないのである。これは、本人が成功した時に得られる「誇り」という感情が心理的なインセンティブになっていることを考えれば納得性が高い。無理に難易度の高すぎると感じられる課題を与えたり、また反対に平易なルーティン業務ばかりを課してしまうと、本人のモチベーションにブレーキをかけてしまうことになりかねない。
したがって、成功したいという意識が高い従業員には、あくまで従業員本人がフィフティ・フィフティと感じる困難度の目標を設定することが重要である。特に、「本人が知覚する困難度」がポイントであることからすると、上司は日頃から部下一人一人の仕事の進捗や負荷、仕事に対する取り組みについて、「部下本人がどう感じているか」まで掘り下げて熟知しておくことが肝要である。
一方で、「失敗を回避できればいい」という気持ちが支配的な部下については、その逆の意識をもつ部下と同じような課題設定(つまり、成功:失敗のそれぞれの比率が「50:50」の課題設定)をすると、まったくの逆効果になってしまうことも先の達成動機理論で示されていた。とはいえ、このような部下に容易な課題や目標ばかり設定する、あるいは絶対に到達できそうもないリスクの高い課題や目標ばかり設定するのも、職場や組織の生産性を考えれば非現実的である。
大切なことは、「失敗を避けたいレベル」の意識で仕事に取り組む後者の従業員を、いかに積極的かつ前向きな意識で取り組む前者の従業員に近づけるかということである。つまり図2ではなく図1の心理的なメカニズムがあてはまる人材に近づいてもらうために、リーダーとして何ができるのかを考えることが求められる。
これはなかなか一朝一夕にはいかないと考えられるが、時間をかけて変化させる試みは可能であると思う。一つの方略として、はじめは容易な課題を与え、少しずつではあるが小さな成功体験を積み重ねさせていくことが大切だろう。というのも、成功動機を高める一つの重要な心理的要因として、「自己効力感」(self-efficacy)の存在が明らかになっている。自己効力感とは、「自分はできる」という信念であり、自己の経験に裏付けられた自信や有能感を意味する。
したがって、失敗回避動機が支配的な従業員には、(小さな)成功体験とそのフィードバックを絶えず行い、少しでも成功動機が支配的な人材に近づけるよう育てていくという視点が大切である。目標設定とその評価はとかく評価重視になりがちだが、育成重視の視点をもつことを忘れてはならない。失敗を恐れずに課題に取り組むプロアクティブな人材を育成することは、多くの企業において重要な課題である。このような人材育成の課題も目標管理の運用方法次第で対応できる部分が少なくないのではないだろうか。