組織がバラバラになるというのは、(1)この上位文化が各ユニットをカバーする比率がきわめて低くなる、(2)もしくは下位文化が強くなりすぎる、(3)そもそも上位文化であれ下位文化であれ、コミットする意識が低い(核となる価値観が希薄)のいずれか、もしくはこの複数が該当する状況である。
一方で、組織に求心力がある状態として典型的なのが、経営理念が多くの社員に共有(共感)されている状態、理念が単なる絵に描いた餅ではなく従業員一人一人が理念に沿った行動をとれている状態である。このように経営理念が組織のメンバーに浸透し、組織の重要な価値観に対する共有度と関与の度合いが高い状態を、組織行動学(組織の中の人間行動を扱う学問)ではしばしば「強い組織文化」と呼んでいる。すなわち、経営理念とその浸透は、強い組織文化の構築に不可欠である。では、経営理念の浸透を通じた強い組織文化の構築は、具体的にはどのようにして可能となるのであろうか。この部分で興味深い取り組みをしている川越胃腸病院の事例をみてみることにする。
川越胃腸病院にみる経営理念浸透のマネジメント
医療法人財団献心会「川越胃腸病院」は、1969年に埼玉県川越市に設立された。この病院は全国的にも珍しい消化器単科の専門病院で、消化器系の高度専門医療を提供している。病床数は40床で、医師や看護師を含む約120名の職員が勤務している。いわゆる地域密着型の小規模病院ではあるが、消費者志向優良企業 通産大臣賞、優良先端事業所 日本経済新聞社賞、日本経営品質賞等数々の賞を受賞し、優れた経営を行う組織としてメディアでも紹介されている(注1)。

図2.川越胃腸病院の経営理念と「ひと満足の好循環スパイラル」(出所:川越胃腸病院ホームページ)
この病院の最大の特徴は、現院長である望月智行氏が「医療を究極のサービス業」と捉え、「ひと満足の好循環スパイラル」(図2)と呼ばれる3つの経営理念を柱とした患者・職員・社会の幸せ追求のサイクルを実践している点にある(注2)。
たしかに、経営理念に患者(顧客)の満足度や従業員の幸福の追求を掲げている組織や企業は少なくないが、それらが高い水準で「実践」できているケースは必ずしも多くはない。この病院では患者満足度の調査を毎年行い、その結果を自由記述欄のコメントまでも含めて、病院のホームページで掲載している。ちなみに、2013年度に実施された患者満足度調査の結果は、病院全体に対して、病棟部門の人的サービスに対して、また外来部門の人的サービスに対して、それぞれ93.5%、90.4%、85.2%と極めて高い(注3)。