「信頼」の定義からとことん議論するのが経営学者
琴坂 そうですよね。とくに社会科学では、数式を盲信し過ぎる研究への批判も一定の認知度があるかと思います。
計量経済学やゲーム理論に対する批判は、昨年亡くなったロナルド・コースが言った「ブラックボード・エコノミクス(黒板経済学)」 という言葉は有名ですよね。数式としてはエレガントに説明できているが、しかしその説明が現実の世界とはかけ離れている世界を扱っているのではないかという批判です。もちろん、それもあって近年では実証がより重要視されつつあるのかと思いますが。

ただ、現実世界の複雑性を複雑なままに捉えようとしたり、哲学的な議論にまで踏み込んで主張をしようとしたりすることは、第一にわかりにくいことと、第二に良し悪しの議論が難しいこと、さらにはそれを背景として査読を通過する可能性が低すぎて、なかなか広まりません。しかも、私のような若手の多くは、査読論文を出し続けていくことへのプレッシャーがものすごく強いので、たとえわかっていても、ここから目を背ける傾向すらある気がします。
いずれにせよ、社会科学を押し進めていくには、不完全性があり得るという前提条件に立ったうえで、数学的にエレガントなモデルを使うことが重要だと思います。それは作る側も、それを使う側も。
入山 なるほどね。
琴坂 もちろん、物事をシンプルにして考える有効性は確かにあると思います。いま国際経済学も教えていますが、マーク・メリッツやエルハナン・ヘルプマンなどがやったことは、とてもエレガントな数式です。でも、本質的には数式として定義しにくい要素に目を向けることも大切だと思います。これはかなりミクロな事象も扱い、複雑なものを出来るだけ複雑なままに捉えようとする経営学では、特に重要だと思います。
入山 なるほど……僕はそこまで強い主張はないなあ。でもたとえば、経済学ほど論理がエレガントではないからかもしれないけど、経営学のほうが、コンセプトの定義にものすごくこだわることはあるよね。
たとえば「信頼」という言葉があるとする。すると経営学者は「信頼」とは何かをとことん議論して、信頼というコンセプトは計測できるのかをまず考える。信頼を計測できるとしたら、たとえば「信頼」と「信用」は同じコンセプトかどうかを統計的にチェックする、みたいな。経済学の人は、こういうことを気持ち悪いと思うかもしれない(笑)。
琴坂 よりシンプルに、数式で表せることに単純化して、証明できる段階にまで落とし込むことは、すごくパワフルだと思います。ただ経営学はそれをしない、もしくはできない代わりに、リッチネスを残しています。そのリッチネスがあるからこそ解釈の余地を残しているので、それをやることも重要じゃないかなと思うのです。
入山 もちろん、だからこそ経営学は難しいんだけどね。
次回更新は9月3日(水)を予定。
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