重要なのは4Pではなく、マーケティング・ミックス

 4Pを7Pに増やすのは、単なる言葉遊びに見えるかもしれない。実際のところ、Pの数自体はマーケティングの本質ではない。むしろ、「マーケティング・ミックス」という言葉の方が重要なのである。マーケティング・ミックスとは、企業がマーケティングを行う上で「自社が操作できる要素の組み合わせ」のことである。一般消費財メーカーの場合は、実際の販売活動を卸・小売にゆだねることが多いため、4Pが、自社で操作できる主な要素になる。これに対してサービス業の場合は、4P の他に、無形性の高さを補うための物的な手がかりという要素と、サービス提供の現場を自社系列で抱えていることが多いため、プロセスと人という要素をも自ら操作しなければ施策の有効性を確保できない。

 ちなみに、マーケティング・ミックスという言葉を最初に用いたのもコトラーではない。ハーバード・ビジネススクールの教授であったニール・ボーデンが、1964年に論文「The Concept of the Marketing Mix」を著している。

 ただし、このマーケティング・ミックスを、企業が行うマーケティング活動の最重要の概念と位置付けたのは、コトラーの貢献と言える。そもそもマーケティングは新しい学問分野であり、当初は研究の蓄積が少なく、何が重要概念なのかという合意もないままに、実務者や研究者が、個別のテーマを掘り下げるという形で立ち上がったのだった。そのため、社会学、社会心理学、経済学、商学など、様々な分野の理論が持ち込まれてきた。筆者自身、マーケティングを大学院の博士課程でも学んだが、学問として研究するには、理論的背景が多種多様すぎて、大変な苦労を強いられる。まして、社会人向けにマーケティングを1つの体系にまとめ上げ、わかりやすい形にするには、編者自身が自らの理論的枠組を相当きちんと持っていなければならない。

 そこで、マーケティング・ミックスという概念を中心に据え、STP(セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニング)という概念と合わせることで、マーケティング理論の骨格を形成したのが、コトラーだった。マーケティングは、単なる学問ではなく、企業の実務者にとって有益なものでもなくてはならない。単に成功事例を並べて共通要素をくくりだすだけではなく、なぜ成功事例は成功し、失敗事例が失敗したのかの、論理的な理由を説明できるものになっていなければならない。コトラーがマーケティングの大家と言われているのは、1960年代(マーケティング・マネジメントの初版が出版されたのは1968年)に、こうした要請に応える著作をすでに刊行したためである。

 さらにコトラーは、自らの理論的枠組みを半世紀にもわたって進化させてきた。コトラーは1931年生まれ(今年で83歳)の高齢ではあるものの、マーケティング3.0という著作を2010年に発表するなど、いまだに進化を続けている点で驚異的である。彼の著作で書かれているどの事例よりも、著作の方が、ロングセラーのお手本になっていると言ってよい。