第4回は新浪剛史氏の事例をもとに、大企業の社内起業家について論じる。日本にイノベーションを起し、日本を変革するために育成すべき人材は、アントレプレナーではないかもしれない。日本の経営環境に向いていると思われる、大企業ならではの経営者育成を考える。

ローソンからサントリーに迎えられた新浪氏

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山根節(やまね・たかし)
早稲田大学政経学部卒業、慶應義塾大学ビジネススクールにてMBA取得、慶應義塾大学商学研究科にて商学博士号取得。監査法人トーマツ、コンサルティング会社(代表)、慶應義塾大学ビジネススクール、米国スタンフォード大学(客員研究員)を経て2014年4月より現職。専門は会計管理論、経営戦略論、マネジメント・コントロール論。主な著書に『山根教授のアバウトだけどリアルな会計ゼミ』(中央経済社) 『なぜ、あの会社は儲かるのか? 』早稲田大学・山田英夫教授との共著(日経ビジネス人文庫)『新版ビジネス・アカウンティング—財務諸表との格闘のすすめ』(中央経済社)

 最近マスコミを賑わせた経営者の一人が、ローソンからサントリー社長に迎えられた新浪剛史氏である。サントリーは創業110年を超える同族企業である。社長はすべて一族によって引き継がれてきたが、創業以来初となる外部経営者を招いたのである。会長の佐治氏は新浪氏の人柄について「夢に向かって力強く執念深くチャレンジし続ける人。一言でいえば、『やってみなはれの人』だ」と評価し、後任に選んだ理由を「国際感覚に優れ、海外人脈も広い。サントリーの世界戦略を力強く推し進めてくれる人材」と語り、期待を表明した。

 マスコミはこの事例に次のように論評を加えた。プロ経営者を招くことは欧米では一般的だが、日本企業は企業文化の継承を重視し、生え抜き人材をトップに起用することが多い。しかし最近では他社で実績を残した「プロ経営者」と呼べる人材を起用する動きが広がっている、と。

 新浪氏のビジネス人生は三菱商事に始まる。入社して砂糖部に配属された。総合商社では、入社して最初に配属された部署で退職を迎える、いわゆる「背番号制」の傾向が強い。しかしそれでは自分の未来が開けないのではないかと考え、独学で経営の勉強を始める。外部の勉強会などにも積極的に参加した。社内にチャンスや刺激が足りないなら、外に求めようとしたのだ。25歳のとき、彼はダイエー創業者中内功氏がスポンサーとなって主催する若手の勉強会に参加し、中内氏と知己を得る。後にこの出会いが、三菱商事のローソン株式取得や新浪氏のローソン社長就任のきっかけとなった。

 若手勉強会の出席者はほとんどが海外留学経験者だった。刺激を受けた新浪氏は、アメリカの大学院留学を希望するようになる。ところが会社に社費留学の申請を何度出しても、上司に推薦してもらえなかった。また粘ってようやく推薦を得て社内試験に望んだものの、役員面接で二度も落とされてしまう。『お前みたいに出来の悪い奴はいない』と言われたと彼は回顧している。業を煮やした新浪氏は、それならと自分でハーバード大学に応募し合格証を手にした。その合格証をもって人事と交渉し、強引に留学を勝ち取る。1991年には晴れてハーバード大学経営学修士号(MBA)を取得した。