一つひとつの作業は必ず意味を持っている

――何度も議論を重ねることは、JAXAとメーカーのチームとしてのレベルを上げることにつながりましたか。

 そう思います。彼らにも専門家としてのプライドがあるので、最初は「JAXAは何を好き勝手に言っているんだ」と思っていたかもしれません。それは我々に対してだけではなく、ほかのメーカーとの間でも意見の相違がありました。しかし、設計から具体的な試験のフェーズに入ってくるにつれて、徐々に理解し合えるようになったように思います。

 またメーカーが製作した個々のモジュールを、筑波にすべて持ち込んで接続試験を行なったことで、チームの一体感が増しました。試験の企画や実行の手順は私たちが主体となって整備し、実際の作業はメーカーにお願いする。現場にはさまざまなメーカーが参加して、みなが協力して仕事をしていました。一緒に仕事をしていると、同じ釜の飯を食った同志のように感じるものです。いまでも「あのときの彼」といったつながりがあると聞いています。

 直接尋ねたことはないので、メーカーの担当者が本音では何を思っていたかはわかりません。ただ、技術者による技術的な議論は、ロジックが通っていればわかり合えるものです。感情ではなく技術という共通言語でつながっていたので、ぶれることはありませんでした。

――JAXAのなかでも、徐々に世代交代が進んでいるという印象を受けます。技術のすべてを言葉で表現することは難しいと思いますが、それを伝えるための工夫はありますか。

 技術者に限らないと思いますが、次の世代に自分たちの経験をすべて伝えることは難しいと思います。JAXAの制度として技術を伝承するための教育もありますが、現実的にはそれだけでは十分とは言えません。たとえば、運用が始まる前の段階で「きぼう」の設計について指導もしましたが、運用の人たちにすべてを理解してもらえたかどうか、私も自信がありません。

 ただ、個人ですべてをまかなうことは難しくても、必要な才能がチームに集まっていれば問題ありません。自分が持っていない能力は他人が補えばいい。そのためには、チームに不足している能力を持つ人を集める力が肝だと伝えることが重要です。

 また、他人に自分の技術を伝えることも困難ですが、自分自身が成長し続けることも課題です。自分では完璧に習得していると思っている技術でも、5年、10年すると抜けている。それでは、伝えるべきことも伝えられません。そうならないために、古典的な手法ですが、私は紙に書き残すことを意識していました。それを見て、次世代や他部署の人がすべて把握できるかはわかりませんが、少なくとも自分の技術を確認することはできます。そのうえで次世代に向けた補足説明ができれば、高度な技術も残していけると思います。

 ISSの運用は、地上からコマンド(指令)を出して動かしていく作業です。そのコマンドがなぜ必要なのか、なぜその手順でなければならないのか。そうしたことを細かく理解していなければなりませんが、それは手順書を見ただけではわかりません。面倒だからといって一つのコマンドを飛ばしてしまうと、大きなミスにつながることもあります。そうした事態を避けるためにも、なぜそうするのかという作業の意味も含めて、資料を残したかったのです。

 運用担当者もどんどん入れ替わり、いまは第二世代になっています。同様に、技術サイドもほとんど入れ替わっています。プロジェクト初期から携わっている人間は数えるほどしかいません。しかし、プロジェクトそのものはこれからも続きます。あらゆるノウハウを確実に伝えていく方法については、いまも試行錯誤している最中ですね。

次回(最終回)更新は、12月5日(金)を予定。