ここから示唆されるのは、車の走行距離を少しばかり過大報告する社員は、その行為を「端数の切り上げ」程度にしか考えていないという可能性だ。だが小さな無分別を正当化すれば、より悪質な行為に対する考え方にも影響が及んでしまう。そして当初は考えてもみなかった、より大きな違反行為(たとえば個人的な旅行の費用を会社に請求するなど)に発展するおそれがある。

 さらに悪いことに、非倫理的行為が時間をかけて徐々にエスカレートする場合、その行為は周囲の人たちから見落とされがちになる。筆者の1人ジーノが同僚のマックス・ベイザーマンと共同で行った実験でも、それが示されている(英語論文)。企業監査を模したロールプレイで、被験者は申告された額が正しいかどうかを認可する監査役を務めた。すると申告額が徐々に水増しされた場合には、1度に突然増えた場合に比べ見過ごされることが圧倒的に多かった(最終的な水増し額は同じ)。

 残念なことに多くの企業は、「職場における非倫理的な行為は、少数の“腐ったリンゴ”が元凶だ」という思い込みによって、ある事実が見えなくなっている。すなわち私たちのだれもが、正直さを重視していてもなお、その場の状況によって悪しき影響を受けてしまうということだ。

 だが不正への下り坂を回避する方法は、劇的である必要はない。リチャード・セイラーとキャス・サンスティーンの共著『実践 行動経済学 健康、富、幸福への聡明な選択』によれば、人に食生活を改善させたり、退職後に備えた貯蓄を促したり、省エネを推進させるには、ささやかで控えめな注意喚起、つまり「ナッジ」(肘で軽く相手をつつくしぐさ)によって正しい方向を示唆すればよいという。

 我々の研究によれば、不正への下り坂につながる無分別な行為もまた、ささやかな形で倫理を喚起することで回避できる。たとえばジーノらがアメリカの某大手保険会社と共同で行った実験では、こんな結果が明らかになった。顧客は走行距離連動型の自動車保険を申し込む時、年間に見込まれる走行距離を申告する。その際、距離を記入する前(つまり保険申請書の冒頭で)、「私が提供する情報は真実であることを約束します」という誓約文に署名した顧客は、先に距離を記入して末尾で署名した顧客よりも、正直に申告する割合がはるかに高かった(英語論文)。

 ウェルシュとオルドネスによる別の研究では、人はたとえ無意識のうちにでも倫理的なコンテンツに触れると、道徳意識が高まり、より倫理的な判断をするという結果が示された(英語論文)。一部の組織はおそらくこのことを念頭に置いて、イメージやシンボル、ストーリー、スローガンの中に控えめな注意喚起を組み込んでいる。たとえばアリゾナ大学エラー・カレッジ・オブ・マネジメントは最近、学業での不正行為への注意を促すポスターに、火災警報器の画像を用いた。製紙会社のインターナショナルペーパーが社員に配布する電子マネーカードには、ビジネス上の判断をする時に考慮すべき倫理上の問いの一覧が記載されている。

 組織の道徳的基準が不明瞭であったり、実効力がなかったりすると、社員は疑問の余地がある行為でもやってしまおうという気になりやすく、それを容易に自己正当化してしまう。正しい方向へそれとなく促す環境、そして問題を素早く察知して対処するマネジャーの存在によって、社員の倫理違反が手に負えなくなる前にその芽を摘み取ることができるのだ。

 

HBR.ORG原文:How Unethical Behavior Becomes Habit September 4, 2014

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フランチェスカ・ジーノ(Francesca Gino)
ハーバード・ビジネススクール教授。経営管理論を担当。著書にSidetracked: Why Our Decisions Get Derailed, and How We Can Stick to the Plan(邦訳『失敗は「そこ」からはじまる』ダイヤモンド社)がある。

リサ・D・オルドネス(Lisa D. Ordóñ ez)
アリゾナ大学エラー・カレッジ・オブ・マネジメント教授。同校のレビン・ファミリー・ファカルティ・フェロー。

デイビッド・ウェルシュ(David Welsh)
ワシントン大学フォスター・スクール・オブ・ビジネス助教授。組織行動学を担当。