中国の賃金が上昇してきたと申し上げましたが、一方でアメリカは雇用調整を柔軟に行うことができるため、賃金水準が安定しています。生産性を加味すると、現在は中国とアメリカの間に賃金コストで大きな差は認められません。また、シェールガスの産出によりエネルギーコストの競争力も増しています。安定した環境と生産コストが変わらないことなど総合的に考えれば、中国で生産する必要性はないと判断したのです。

 ただ、アメリカ企業が中国の工場を完全に閉鎖することはありません。中国では依然として内需が拡大しているので、それに対応する生産拠点として残しています。世界に輸出するための生産拠点として使っていた中国の工場を中国内需のために振り向け、生産コストの低いアメリカで、国内向けや世界に輸出する製品を生産するという動きに変わっているのです。

柔軟性と迅速性がすべてのカギ

――日本の製造業がアメリカの動きから学べることはあるのでしょうか。

 日米のビジネス風土や文化は大きく異なり、アメリカと全く同じようには出来ません。しかし、それを勘案したとしても「柔軟性」「迅速性」というアメリカが得意とする部分を学ぶべきではないでしょうか。世の中の変化は加速しています。そこで求められるのは迅速な対応です。

 紀元後1世紀からの1000年で起こった変化は、次の時代には500年で成し遂げられています。その500年は200年となり、次の時代には50年、10年と短くなっていきます。つまり、かつては1000年で起こった変化が、今はたった5年で変わってしまう時代になっています。世界のどこに工場を建てるかを決定し、建設し、サプライチェーンを整えるには何年かの時間が必要です。しかし、工場が稼動できるような状態になった時、世の中はまったく異なっているかもしれません。だからこそ、柔軟で迅速な対応が求められるのです。

 激動の時代に競争優位を築くには、アントレプレナーシップが不可欠だとも言えます。アントレプレナーシップというと、新しく事業を興し、それで成功することばかりがイメージされます。しかし、そうではありません。失敗をしてもまた立ち上がり、さらに新しいことに果敢に挑戦していくことを意味します。そうした失敗を恐れない姿勢を賞賛し、再挑戦を歓迎する風土・文化がアメリカにあることが、競争優位を回復させている理由でもあります。